誰かが誰かのサンタになった夜。全日本フィギュアSP編

 

クリスマスが近づくこの季節。フィギュアスケートファンにとっては、とても忙しい季節です。なぜなら、オリンピック選考を兼ねた全日本フィギュアが開幕されるから。泣いても笑っても、この期間で全てが決まってしまいます。オリンピックに行ける枠は限りがあります。魅力的な選手がたくさんいるのに、選ばれる選手は、ほんの一握り。そんな厳しい戦いの火ぶたがとうとう切って落とされました。

私が個人的に印象に残った演技をご紹介できればと、思います。

 

まずは、女子ショートプログラム。今季、特別なプログラムを引っ提げて、試合に挑んでいたのは、26歳の大庭雅選手。自身で振り付けたこのプログラムは、どこを切り取っても大場選手の美しいラインが際立つ素敵なプログラムでした。のびのびと澄み切ったスケーティングが印象的。あふれんばかりの笑顔で、フィニッシュ。会場に気持ちのいい余韻が広がりました。この演技で、雅ちゃんは、念願のフリー進出を果たしました。安藤美姫さん振付の名作「タイタニック」を滑ることが決まったのです。

 

困難とずっと闘い続けてきた選手がいます。彼女の名前は三原舞依。幾度も、病気の為、休養を余儀なくされてきた彼女は、諦めない気持ちで、全日本まで戦い続けてきました。ショートプログラム演目は「夢破れて」。レ・ミゼラブルの登場人物になり切って、曲に入り込んで滑る舞依ちゃん。一瞬の間、今ここで試合が行われているということを、私は完全に忘れて見入ってしまいました。心が震えるような舞依ちゃんの想いが、スケーティングを通して、動きを通して、伝わってきました。終わった後、彼女は、役柄から、三原舞依に戻るのに、少しの間、時間がかかったように思えました。彼女から流れた一筋の涙。とても忘れられない瞬間でした。

 

大きな飛躍を見せた選手がいます。若手のホープ。河辺愛菜。彼女を認識したのは、去年あたりからなのですが、ダイナミックなジャンプが非常に印象に残る選手でした。ショートプログラムの冒頭、彼女は見事なトリプルアクセルを披露。多分、今まで見た彼女のジャンプの中で、一番クリーンにきまっていたのではないかと思います。動きにもシャープさとキレがあり、一蹴り一蹴りがよく伸びていました。演技が立体的に見えて、全日本で遂げた彼女の「覚醒」は破壊力がありました。

 

今季のお気に入りのプログラム。「Your song」を披露したのは、並々ならぬ思いを秘めていた樋口新葉選手。全てのジャンプにスピードと勢いがあり、こちらも胸のすくような爽快感のあるジャンプ。それまで、エネルギッシュな曲で滑るイメージがあった、新葉ちゃん。柔らかく包み込むような歌声のバラードの中、彼女の表情は生き生きと曲に溶け込んで、特別な情感を運んでいきました。エネルギーの中に見せた優しさと情愛。今、暗いことの多い世界の中で、光がぱっと差すような「Your song」でした。

 

日本のエースとして臨んだのは、我らが「リショー・プログラムの伝道師」、坂本花織選手。演じるのは「グラディエーター」。始まりから終わりまで、「うわ、ステップえぐいな。こんなに体重移動が激しいプログラムで、よく転ばないで、滑りぬけられる」と、度肝を抜かれました。複雑なステップを笑顔と共に滑りこなすかおちゃん。そして、流れの中で、大きなジャンプを披露するかおちゃん。全てがトータルパッケージ。ものすごい疾走感でした。振付家ブノワ・リショーさんがこだわりぬいた「強い女性」のイメージ。そのイメージをかおちゃんの色で染め上げてみせました。女神降臨を思わせたショートプログラムを見て、「表現者・坂本花織」の存在感を感じました。圧巻の点数でショート一位となり、フリーを迎えることとなります。

 

アイスダンスでは、チームkokoこと小松原美里・小松原尊選手が気迫のこもったディスコナンバーを魅せてくれました。流れるようなツイズルと、見栄えのするリフト、見ていると気持ちがどんどん盛り上がってきてしまいます。全ての要素を簡単そうに見せてしまうけど、きっと難しいエレメンツの連続だったのだろうな。あっという間に終わってしまうリズムダンスは、「これぞ、アイスダンス」という印象を与えてくれました。

 

そして、クリスマス・イブに行われた男子ショートプログラム

 

初っ端から、爆発力のある演技を見せてくれたのは、若干16歳の三浦佳生選手。演目は「ビバルディ・四季」弦楽器の尖った曲調にかおくんのソリッドなスケーティングが呼応。ジャンプが全て、大きくて、綺麗。スピードも、後半に行くにつれてどんどん加速。若干16歳にして、この存在感。この迫力。この貫録。一番滑走は点数が出にくいジンクスはどこへやら。堂々の高得点で、後続にプレッシャーをかける素晴らしい演技でした。

 

今季、台風の目になった選手がいます。「浪速のエンターテイナー」から「世界のエンターテイナー」へと躍進した、「俺たちの友野くん」。友野一希選手。

柔らかい音楽の「ニューシネマパラダイス」。わずかなミスがありつつも、瞬発力のあるジャンプを決めた後、ステップもスピンも難易度の高いレベル4を獲得。プログラムの起承転結がすごくはっきりして見えたのは、ステップやスピンがとても美しかったからかもしれません。いつか、友野くんが「感情があふれ出してくるような演技がしたい」とコメントしていたのを思い出しました。喜び、切なさ、様々な感情を感じさせてくれるショートプログラム、フリーへとつながる爪痕を残していたと思います。

 

世界選手権銀メダリストの鍵山優真くん。冒頭の4回転3回転を見事に決めて、こちらも、ストロング・インパクト。単独の4回転で惜しくも転倒してしまいましたが、全体的なスピードと勢いは目を見張るものがありました。練習では、単独の4回転が2回転になってしまうことが続いていたようなのですが、本番ではしっかり回りきる。こういう、本番までには仕上げてくる真の強さは、まだ10代なのに目を見張るものがあります。大人っぽいジャズのナンバー、小粋で可愛らしいイメージだったのが、シーズン後半には可愛らしいだけじゃなく、大人の表情も感じさせてくれていたことも、すごいなって思いました。

 

宇野昌磨選手。公式練習では、ジャンプが思うように決まらずに、羽生選手から声をかけられる一幕もありました。しかし、演技が始まる直前、ステファンとがっちり握手をしたあたりから、目の表情が変わり、スイッチが入っていくのを感じました。苦労していたなんて微塵も感じさせないくらい、ジャンプもしっかり入っていく。スピンやステップの所作には、今までと違う、「滑っていて幸せ」感が漂って、本当に充実した練習を行えていたことがうかがえました。こういった感動を五輪前に感じることができるのは、意味深いことだと思います。

 

そして、ついにその時が来ました。今季初参戦。ディフェンディングチャンピョン・羽生結弦選手。演目「ロンド・カプリチョーゾ」は、ピアノアレンジに編曲。怪我明けに果たしてどんな世界を見せてくれるのか、ワクワクがとまりません。曲の始まりと共にそこにいたのは、しなやかで、優しくて、そして力強い、羽生くんの物語。このプログラム、本当に羽生くん成分がかなり強めの作品に仕上がっています。ここまでの道のりで、もがきながら、苦しみながら、最後に何か「光」をつかんだようにふわっと飛び上がる羽生くん。エネルギーが会場に満ち溢れて、私の中にも、電流が走ったように何かが込み上げてくるのを感じました。羽生くんが、つかみ取ったものって、いろいろだったと思うけど、私には、一途に追い求めた「スケート愛」が感じられました。スケートによって苦しめられてきたことも、心で血を流したこともあるだろうな。でも、どんな時も、諦めずに自分を奮い立たせてきた羽生くん。その真っすぐで、真摯な「スケート愛」に、今回も心を動かされました。

 

時はクリスマス。祈ることが多い昨今の状況。そんな中で試合は行われました。どのスケーターも観ている私たちに感動というプレゼントを与えてくれる、サンタクロースみたいでしたね。私たちも、祈りや拍手を届けることで、選手の皆さんにとって、サンタクロースになれていたかな? 誰かが誰かのサンタクロースになれた夜。忘れられない輝きは、そのままフリーへと続きます。