雨のプレイリストはバースデープレゼント

今週のお題「わたしのプレイリスト」

 

6月は私の誕生日。なのになぜか、あまり嬉しくない。

大人になれば、みんなそうなのかもしれないけれど、私の理由はそれだけではない。

恐らく、連休がないこと、そして、何より梅雨のじめじめとした季節が、誕生月なのに、気が乗らない原因になっていると思う。

 

そんな、誕生月に、「雨のプレイリスト」を作ってみようかな…? 軽い気持ちでSpotifyに曲を落とし込んでいった、雨の日に、部屋の中で聴きたい曲から、「雨」をテーマにした曲まで多種多様だ。完成したらきっと、雨の日が楽しくなるかしら?

出来上がったプレイリストを見て、今の自分の好みを網羅したいい感じのプレイリストができたと感じた。ここで何曲か紹介してみたいと思う。

 

まずはJojiの「Rain on me」。

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雨の音が後ろに溶け込んだこの曲は、鬱々とした心情を美しく歌っている。どこか淡々とした悲しみは、雨に包まれた街並みを優しく包み込んでくれるような気がするのだ。

個人的には、雨が降った日のバスの中で、イヤフォン越しに聞いていたくなるようなそんな曲だ。

 

そしてKeshiの「WESTSIDE」。

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恋人と離れたくない心情が甘いボーカルと相まって、なんともエモい曲である。

常に繊細な歌詞が特徴的なアーティストだが、温かみのあるファルセットが、心地よく心に響いてくる。雨の日、部屋の中でココアを飲みながら、この曲を聴いてみたくなる。

Dan + Shay, Justin Bieber で「10,000 Hours」は優しく心に語りかけてくるラブソング。

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「雨が好き?」と問いかけるそのナチュラルな導入部から、曲が、雨の日によりそってくれている、と感じる。恋人に誓う深い愛。雨の日が幸せな気分になるって、いいじゃない?

 

締めくくりは、スガシカオで「June」。

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6月から、新しい街に越してきて、新生活を始める主人公のさりげない日常がナチュラルに綴られている爽やかな曲。

上手くいかないこともある、でも、夏はもうすぐ、そこ。だから、なんとか、やってみよう、そう語りかけてくれるこの曲は、嫌な気分をリセットして、梅雨の晴れ間を歩いてみたくなる気分にさせてくれる。

 

切ない恋の歌から、6月の前向きソングまで、気が付くと、「雨の日のプレイリスト」はバラエティーに富んだ、バースデープレゼントのようになった。

プレイリストを聞きながら、自分自身のエネルギーをチャージしていく、そんな6月も悪くないかもしれない。

 

スペシャルなバースデープレゼント Fantasy on Ice 2023 in Miyagi

 

 

指折り数えて待ちわびた日々を経て、ついにその日がやってきました!

「Fantasy on Ice 2023 in Miyagi」、6月3日の公演に行ってきました。

場所は前回のアイスショー「Notte stellata」と同じ、宮城セキスイハイムスーパーアリーナ

普段は、なかなか、地方の壁もあって、遠征はできないでいるのですが、地元開催のアイスショー、しかも、羽生結弦選手の出演とあれば、もう、行くしかないでしょう!

慣れないスマホでの予約、支払い、発券を乗り越えて、当日、高まる期待を抑えつつ、現地入りしました。

 もうね、控えめに言って最高でした! ゲストアーティストの方の生歌はどの方も、素晴らしく、その歌に合わせて、スケーターが珠玉の演技を披露する。唯一無二の空間。

贅沢な気分でスタオベの連続、こんなにスタオベしたのはなかなか久しぶりだったと思います。

 

本草太選手は最初からスピードに乗って、全てのジャンプを流れのあるランディングで降りていましたね。音楽もビートに乗った曲や、静かなラブバラードと、メリハリを利かせて、楽しそうに滑っているのが印象的でした。

 

いつもクールな荒川静香さん。今回は、スケートの伸びもさることながら、情感が終始あふれ出しているかのようで、こんな荒川さんを見たのは長い観戦歴の中でも、初めてだったかもしれません。

 

今回のアイスショーで、自身のスケーターとしてのキャリアを終えるジョニー・ウィアー

最後に選んだナンバーは、「月の光」。静かな空間の中で、ジョニーの紡ぐ思いが、滑りを通して伝わってきました。いとおしそうに氷と戯れるジョニーから、なんだか少年のような、少女のような、純心無垢な切なさを感じ、目頭が熱くなりました。スタンディングオベーションの時、思わず、「ジョニー!」って叫んじゃいました。

 

スペインの貴公子、ハビエル・エルナンデス。今回も、随所にフラメンコのような振付を取り入れながら、音楽との調和を魅せていました。彼のジャンプも見ていて、とてもきれいな形で降りてきます。スケーティングと曲が見事に溶け合い、リンクを一瞬で、ハビの劇場に変えてしまう。今回もプロフェッショナルな滑りは健在でした。

 

表情のバレエダンサーのような存在感を示したのは、ステファン・ランビエール。音楽表現が何と言っても圧巻! 音の一つ一つの細やかな拾い方は、見ていて、どのシーンも目が離せない、と感じさせるほど。静かな曲調でも全然飽きさせないのは、音楽と動きとスケーティングのシンクロ率がピタッと合っていたからなのかな、と思います。芸術作品を見ているような気分になりました。

そして、オオトリの羽生結弦選手! DA PUMPのISSAさんとKIMIさんが歌う「If」で新境地を見せてくれています。冒頭の始まりはキャメルスピン。「やられた」と、思いましたね。演技の始まりのポーズは静止して始まることがほとんど。スピンから曲が始まるという始まり方は、見た事がありません。それだけでも、このプログラムからプレミア感がにじみ出ています。今回ハッとしたのは、姿勢変化の難しさ。足を左右にハの字に深く開き「ひょうたんステップ」のように前方に進みながら、上半身は絶えず、リズミカルに音を拾って動いている。もしくは、後方に片足で進みながら前足は前方へキープ、上体をかなり、うしろに反らせて、レイバックスパイラルの変形のような動き。いずれも、普通だったらバランスを崩してしまうように見える技を難なくこなしてしまう。羽生くんのすごさを感じました。そして、滑りのスピード!ほんの一蹴り二蹴りで、リンクの端っこから中央に簡単に移動してしまう。凝った動きやヒップホップのリズムを極めながら、正確なスケーティング技術を失わない、そういうところもすごい、と思いました。

 

今回、近くの席で観戦していた方が、どのスケーターにも元気にスタオベと歓声を送られていて、それにつられて、私も大きな歓声を送って手拍子をするのが楽しくなっていきました。

観戦仲間にも恵まれ、本当に笑顔溢れるアイスショーになりました。

 

6月は私の誕生月。じめじめとしたこの季節は、鬱々と過ごすことが多かったのですが、このアイスショーは自分にとって、とても大切なスペシャルプレゼントになりました。

出演者、スタッフの皆さん、一緒に観戦を楽しめた席近くの方々、本当にどうもありがとうございます。6月をハッピーに、過ごせそうな気がして、エネルギー注入の1日となりました。

~心のアンテナを刺激した名曲たち~ 今季フィギュアスケートで気になった洋楽について 

 

 

世界選手権も終わり、ここ最近、話題を集めていたアイスショー、Stars On Ice 2023 ジャパンツアーも10日間にわたる興行を終えました。今季は、羽生結弦選手プロ転向により、自身の自伝的単独公演という、前例がないアイスショーの成功、刺激されたのか、日本開催の世界選手権も、近年まれに見るレベルの高い戦いが繰り広げられました。 

かねてから、フィギュアスケートから、洋楽を好きになり、いろいろとお気に入りの曲を増やしてきた私。 今シーズンのフィギュアスケートでも、多種多様な洋楽が使われ、お気に入りのプレイリストに仲間入りする曲が増えました。そこで、今シーズン、個人的にお気に入りの1曲になった洋楽を、その楽曲が使われたスケートの思い出と共にご紹介していきたいと思います。フィギュアスケートにご興味ある方は、共感を、洋楽好きの方は、これを機に、フィギュアスケートにご興味を持っていただけたら、嬉しいです。 

 

まずは、世界フィギュア2023より、印象的だったイタリア出身アーティストの楽曲をご紹介。Måneskin で、Le parole lontane。 

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こちらの曲は、ショートプログラムでイタリアのマッテオ・リッツォ選手が使用していることを、私のフォロワーさんが教えてくれました。人気急上昇のマネスキン、フィギュアスケートで使われることが多いようです。マッテオ・リッツォ選手は、難しい4回転を取り入れられるポテンシャルもさることながら、表現面では成熟した大人の男性らしさがにじみ出るのが魅力の選手です。MVから感じられる、大人の愛の難しさ、誘惑、そう言った世界観も、クールに洒脱に表現していて、ジャンプミスがありながらも、独特の存在感を見せてくれていました。 

 

マテオ・リッツォ選手と言えば、世界フィギュア2023フリーも欠かせません! 

アメリカの大スターBruno Mars メドレーから、 Talking To The Moon。 That's What I Like。

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フリーでは、肩の力が良い具合に抜けて、曲のメリハリを自在にスケーティングで表現していましたね。難しい4回転ループも見事に決めて、笑顔弾けるフィニッシュが印象的でした。 しっとりしたバラードナンバーから、ビートの効いた曲でスタイリッシュにお客さんを沸かす技巧に酔いしれました。

 

美しいスケーティングと、巧みなジャンプで世界フィギュア2023銀メダルに輝いたのは、韓国のチャ・ジュンファン選手。美しい滑りに定評のある彼がエキシビションナンバーに選んでいたのは、全米期待の新人アーティスト、JVKEのgolden hour。

 

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じわりじわりと、ビルボードでランキングを伸ばしているこの曲はメロディーが非常に美しく、歌詞も哲学を帯びた文学的な愛の世界。サビの声を伸ばすパートで、ジュンファンは、しなやかなイナバウアーでリンクに弧を描きます。彼の滑りの美しさ、エモーショナルさを感じさせる繋ぎの技の見事さが、完璧に曲とマッチしていて、ため息が出るほど、美しかったです。 

 

ギターサウンドがカッコいいロックナンバーで心動かされたのは、Stars On Ice Japan 2023のオープニングを飾ったThe Killers で All These Things That I've Done。 

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冒頭の羽生結弦くんの動きに無駄のない重厚なムーブメント、華やかに空間を切り裂くトゥアラビアン、連続タンブリングからのバタフライジャンプ。大技がなくても、ここまでリズムをとらえて離さない至高の技術の数々が、乾いたロックに呼応しているのが本当に最高です。出番はわずかですが、一気にアイスショーの世界へと惹きつけられました。 

グループナンバーで目立ったのは島田高志郎選手。体の軸が真っすぐで、どのような姿勢変化の時も、動きが綺麗に軽さと洒脱さが発揮されていました。こういう、ロックテイストな楽曲が海外スケーターと混じっても、自然に感じられるところに、彼の表現能力の高さが垣間見えるような気がしました。 

 

ラストは今シーズン世界フィギュア2023で優勝し、大躍進をとげた、りくりゅうペアこと、三浦 璃来/木原 龍一組。世界的に有名なバンドOneRepublic のI Livedでエキシビションナンバーを滑ります。 

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MVから、困難に立ち向かう姿や、決してあきらめないマインドがひしひしと伝わってきます。メッセージ性の強いナンバーに負けないくらい、二人は、大技を次々と繰り出し、インパクトを随所に見せつけてくれました。お互いの信頼関係があるからこその堂々とした滑りは、二人がこれまで、お互いを信じながら、諦めないでやってきたことを伺わせて、ジーンとしてしまいました。 

 

 

今シーズンも、フィギュアスケートの熱演によって、お気に入りの洋楽がプレイリストに刻まれることが多い、いいフィギュアライフを送れていたのかな、と思います。 

演技を見た感動と、曲から得た感動がセットになって、プレイリストに愛着が一層湧いていくのだと思います。 

 

来年は、どんなお気に入りの曲に出会えるのでしょうか。乞うご期待! 

あの場所に集まった星々 羽生結弦アイスショー notte stellata

 

 

3月11日 午後2時46分。会場の外でサイレンが鳴り響いた。おしゃべりをしていた人々は、おしゃべりを止め、会場待ちの行列は静寂に包まれていく。わずか1分間、黙祷の中に込められた永遠。目を開けた瞬間、涙が込み上げてきた。

羽生結弦  notte stellata 2023年3月10日~12日にかけて、宮城セキスイハイムスーパーアリーナアイスショーが開催された。震災から12年の時を経て、あの日遺体安置所だったこの場所には、多くの人が集まり、賑わいを見せていた。

あの日、ニュースで、スーパーアリーナが遺体安置所になることを知った時は、その会場の規模に寄せられた魂の多さに言葉を失い。悲痛な心持になったのをよく覚えている。そういえば、あの時期、上空をよく、ヘリコプターが飛んでいく音が聞こえていた。どこへ向かうのかを考えると心がズキッとしてくる。心が爪を立ててむしられていくような気持ちがして、一時期私は鬱状態だったと思う。今でも、ヘリコプターの音を聞くのは、正直辛い。

12年が経ったその日、その場所は、なんと喜びに満ちていただろう。グッズへ並ぶ人、地元グルメを頬張る人、会場入りして和やかに話す人、どの顔も、希望に満ちた瞳で、キラキラしていた。活気があって、これから始まる夢のような時間へ、期待が込み上げ、こちらも気持ちがヒートアップしてくる。そのような喜びの光が満ちたころ、アイスショーは始まった。

 

冒頭、羽生くんのnotte stellata。スポットライトに照らされた羽生くんはいつもより発光しているように感じられた。彼が繰り広げるスピン、ステップ、そしてジャンプ。全てから光が零れ落ちていくようで、音と、動きが絶妙に溶けあう。腕の動かし方は、しなやかで、一つ一つの関節を音に合わせて動かしている様で、白鳥の羽ばたきを感じた。闇の中で光を帯びた白鳥は必死に翼をはためかせて飛んでいこうとしている。そんなストーリーが明確に感じられ、プログラムはあっという間に終わってしまった。会場からは複数のどよめき。

演技が終わって挨拶を行う羽生くん。いつもと違って、声が震えて言葉を詰まらせる。やはり、3月11日。この日が羽生くんにとっても、色々と越えてきた日なのだということを感じさせた。

 

場面は移り変わり、名前をコールされたのは、宮城県にゆかりのあるスケーター、本郷理華さん。いきおいと、キレが持ち味の彼女。演目はThe prayer。トリプルトゥル―プとトリプルサルコウを鮮やかに着氷。深く静かな祈りを込めているかのように情感がリンクに満ちていった。

 

三浦大知さんの前向きな楽曲「燦燦」を披露したのは、プロスケーターの無良崇仁さん。ゆったりとした伸びのあるムーブメントが、会場に安心を運んでくる。豪快なジャンプは健在。健康的な力強さを感じた。

 

羽生くんの振付を担当していた シェイリーン・ボーン・トゥロック。ご主人のパーカッションに合わせて、躍動感のあるファイヤーダンスを披露。赤い布を広げてのハイドロは、誰かと踊っているかのような、炎をくゆらせているかのようなハイライトを作り上げた。

 

田中刑事さんは現役時代に印象深かった、メモリーズで成熟した大人の滑りを感じさせてくれた。音に合わせたジャンプと細やかな音の拾い方。基礎のしっかりしたスケーティングが貫録を漂わせていた。

 

フラフープスケーターのビオレッタ・アファナシバ。彼女の手にかかるとフラフープは生き物のように動く。旋回してキラキラしているフラフープを自在に操るその姿は、まるで星を操っている魔術師のよう。

 

唯一の現役スケーター、ジェイソン・ブラウン選手は雨の音を感じさせるMelancholyで、優雅なキャッチフットスピンや、3回転ジャンプを披露。匠の表現者である彼の動きは、流れる水みたいで、心に清涼感を運んでくれる。

 

黒いコスチュームに身を包んだ宮原知子さんはサティのグノシエンヌで、妖艶に舞っていた。一蹴り一蹴りが良く伸びる。スケーティングでジャンプと同じだけのバリューがあるのではないかと感嘆。溜めのある動きからも、ジェイソン同様、表現力が伝わってきた。

 

ここで、前半のハイライト。体操界のレジェンド、内村航平さんと羽生くんのコラボ。これは、見所満載。どちらを見ていいのか、非常に迷う。内村さんの基本の技の美しさや着地の見事さからは美しい体操を感じたかと思えば、羽生くん、それに呼応するかのように意味のある側転、そしてジャンプ。羽生くんが内村さんに近づいてスピンを始めると、内村さんも円馬の上で旋回を始め、息がぴったりのシンクロを披露。会場内は大興奮。終わった後で、大歓声。ついつい隣にいる、知らない人と、「すごかったね!」と喜びを共有してしまった。

 

後半はグループナンバーBTSのダイナマイト。キャッチ―な音楽に合わせて無良くん、本郷さん、鈴木明子さん、シェイリーンが、きびきびとしたダンススケーティング。スクリーンを見ると、羽生くんが華やかにキレのあるダンスで会場を煽る。全体的に楽しい気持ちが会場を満たしていた。

 

田中くん2回目は「ある日どこかで」柔らかな音楽に合わせて、心がほぐれていくような穏やかな滑り。硬さと柔らかさのメリハリを魅せられるスケートセンスを発揮。

 

ビオレッタさん、フラフープでHOPEを熱演。大量のフラフープが虹の様だったり、流れ星の様だったり。圧倒させられた。

 

ジェイソンのImpossible Dreamは前半の静かさとは対照的に、熱く情熱的なナンバー。バレエジャンプのばねと柔軟性は圧巻。

 

宮原さん、白のコスチュームで「悲しみの聖母は旅立ちぬ」。荘厳なコーラスのパートと、彼女の滑らかなスケートが素晴らしくマッチしていた。

 

鈴木明子さんの「月の光」は、彼女の体幹の強さとスピード感があってこそのナンバーだと確信。終始、月にそよぐ風を思わせる、珠玉のパフォーマンス。

 

本郷さんと無良くんの「雨に唄えば」は本郷さんのはじける元気さと、無良くんのコミカルな動きが、よく合っていて、映画を見ている様。無良くんから、カート・ブラウニング味を感じた。

 

内村さん、ソロの床演技。ひねりの大技でも、着地がぶれないで、ぴたりと決まる安定感。技が決まるたびに、会場からはどよめきが起きる。内村さんのファンの方も会場にいらっしゃったのかな? 「ガンバー!」の声が随所から聞こえてきた。

 

オオトリ、羽生くんの「春よ、来い」。「春よ、来い」にも、いろんな「春よ、来い」がある。温かい春、冷たい春、嬉しい春、悲しい春。その時々の羽生くんの温度を感じるナンバーだが、今回のナンバーはいずれの春とも違っていた。最初から最後まで、喜怒哀楽の涙が流れ落ちる激しい春だった。羽生くんの体から、桜の花びらが舞い散っていくような、きっと、強い風が吹き荒れているんだろうなって、感じる春だった。そういえば、あの時の春は、冷たい風が吹いていた。いつまでも、暖かくならない春。食料配布の行列に並んでいたときに、見上げた空と、冷たい春風は、切ない気持ちになったな。ふと、気持ちはあの時の春に飛んでいた。羽生くんの演技が終わるころには、涙で視界がぼやけていた。

 

フィナーレ、MISIAの「希望のうた」。力強く、優しげに、みんなの動きがそろっていく。

まるで、「ひとりじゃないよ」って言われているみたい。

 

アンコール 「道」でリンクを周回。みんな楽しそう。

 

フィナーレのあいさつで、羽生くん、また、声を詰まらせる。何度も、言葉を詰まらせながら、この会場が「遺体安置所」だったことを告げた。きっと、葛藤もあったことだろう。羽生くんの必死の思いが痛いほど伝わってくる会場内。男の人の声で「頑張れー!」っていう声が聞こえてきた。羽生くん、みんな、羽生くんの味方だよ。みんな、同じ気持ち。今日という日にこの舞台で、あなたは何度もリンクに手で触れていた。まるで、大切な魂をいたわって慰めているかのように。リンクの中には、優しさがいっぱい。会場のお客さんも、声援やすすり泣き、いろんな感動が押し寄せていたのを感じた。そして、それは、私たちなりの追悼だったのだと思う。

 

アイスショーが終わり、会場を出て、駐車場に向かう途中。綺麗な星が頭上に輝いていた。なんという、素敵な偶然。あの星は、希望の星なのだろうか。今日のアイスショーのフィナーレのように、夜空で瞬く星を見て、また、明日から頑張れるって思ったのだった。

 

最高のアイスショーをありがとう。また、いつか…!

折り紙と桜

 

 

「ここの桜はいつも、早く咲くの。だから、私たち、こっそりお花見スポットにしてるんだ。」

キャンパスの中庭でNさんは、そう呟いた。春風が温かくそよぐ3月も終わり。時間が止まったように感じる瞬間だった。

 

派遣で、ある大学のキャンパスで働き始めたとき、バイト職員のNさんはとても忙しそうだった。仕事ができて、几帳面で、私にないものをいっぱい持っている彼女は、毎日遅くまで残業していた。仕事の内容があまりにも過酷だったのだろうか、時折、自分の席で涙ぐんでいるのを何回か目撃した。入ったばかりで、右も左も分からない私は、どうやって彼女を手伝えるだろうかと、よく考えるようになった。

Nさんは、手先も器用な人だった。受付に飾ってある兜や折り鶴は、彼女がコピー用紙で見事に折ってあった。思えば多忙な彼女の、唯一の息抜きだったかもしれない。

ある時、私は思い付きで、桜の花を、折り紙で折ってみた。インターネットで作り方を見て、ピンクの折り紙で桜の花を再現していく。受付に、一足早く春が来たら、みんなの心が上向きになるかな? そう思って、出来上がった桜の花々を、次の日の朝、受付に置いてみた。

真っ先に気が付いたのはNさんだった。「これ、作ったのYa-koさん?」びっくりして、目を丸くする彼女。「はい、受付に春が来たらいいな、と思って手作りしてみました。」そう返すと、普段あまり笑わなかった彼女はにっこり笑った。「じゃあ、今度、私、ランドセル作ってみるね!」そう答えるとNさんは、昼休みの間、高難度のランドセルをコピー用紙で何個か作っていた。受付には、折り紙の作品が増えていって、携帯で写真に収める人も出始めた。「私たちの部署の作品だね」Nさんは、ちょっと自慢そうにそう言った。

年度末の仕事が増え始めたとき、Nさんが少しずつ、私に仕事を頼んでくれることが多くなっていった。分からないことがあった時は、とても分かりやすく丁寧に教えてくれた。一人で行っていたら、面倒に思える仕事も、みんなで協力していると、あっという間に終わってしまう。折り紙をきっかけに、部署で一体感と連帯感が生まれていった。卒業式の日、私たちはキャンパスの中を走り回りながら、こんな話をした。「私たちが何気なく仕事している日もね、誰かにとっては節目の日だったりするんだよ。」私は、今でも、その時のことを思い出す。

 

短期で始まった私の最終勤務日、Nさんは私を特別に中庭の桜スポットへ案内してくれた。

職場のみんなの特別な場所。柔らかな日差しの中で、ピンク色の桜が、勢いよく咲き始めて、辺り一帯は、春のエネルギーに満ちていた。「今まで頑張ってくれたから、これは私から」そう言って彼女が私に差し出してくれたのは、桜の花をモチーフにした携帯ストラップと手紙。

ほんの少しの間だったけど、彼女は私に心を開いてくれた。そのことが伝わってきて、本当に、嬉しかった。贈り物のストラップと手紙は、大切に戸棚の中にしまってある。それは、忘れてしまいがちな、ちょっとした春の風景。もう会えないけど、忘れられない情景なのである。

リンクに綴られた物語 Yuzuru Hanyu ICE STORY 2023 “GIFT” at Tokyo Dome

 

 

感動のリミッターがバッテリー切れになっていたここ数ヶ月。何を見ても、何を聞いても、感覚が一瞬で消えていっていた。もう、フィギュアスケート言語化しなくてもいいのかな、そんな風に思えていたそんなある日。その日はやってきた。

Yuzuru Hanyu ICE STORY 2023 “GIFT” at Tokyo Domeが2月26日に開催された。

何もかも、前代未聞、出演者は羽生結弦ただ一人、アイスショー初の大型開催地、東京ドーム、果たしてどんな物語が用意されていたのか。配信動画の前で、固唾を飲んで目を見張っていた。

「そこに幸せはありますか?」羽生くんの静かな語り口から始まるオープニング。

そして、登場したのは、火の鳥に扮した羽生くんだ。鮮やかな羽を翻しながら、羽生くんは伸びやかにイナ・バウワーを披露。羽ばたくようにリンクを周回。生まれたばかりの羽生くんが、フィギュアスケートを知って、世界へ羽ばたくのとリンクしていくように感じた。

次は、スクリーンに映し出される、自然の美しいフォルムが表された映像。光と影 月と太陽。名もない草花。自然の世界に語りかける羽生くん。練習に励んだ日々、仙台の自然は、羽生くんに力を与えてくれていたのだろうか。

姿を現した、「Hope and Legacy」の羽生くん。

月の明かりに照らされた草花のような、川の水のような、森のような、自然界の精霊に姿を変えたような羽生くんを感じた。静かなパワーを内に秘め、滑らかなスケーティングとジャンプをリンクに綴っていく。このプログラムは、本当に見るたびに「自然界との呼応」を感じる。

突然、何もかもが消えていく喪失感を語りかけるナレーション。恐らく、震災のことを語っているのか、と感じる場面も。「一人は嫌だ…」と訴える声と一筋の涙が映し出されるスクリーン。白いコスチュームで演じる「あの夏へ」は、痛みに優しく寄り添うように、「鎮魂の星空のように」優しい世界だった。キープの長いスパイラルはとてもうっとりとさせられる。

星空のように照らしていた場外のダンサーの動きが、ドレープのある衣装を激しく揺らして、風を感じさせた。向かい風の中を進む羽生くんのナレーション。一歩一歩、前に進んでいく成長のステージを思わせるパート。

再び現れた羽生くんが滑るのはショパンの「バラード一番」。静かなピアノ演奏の中、スピーディーに4回転3回転のコンビネーションとトリプルアクセルを成功させる。テクニカルのギアが効果的に一段も二段もあがっていった。沸き上がる大歓声。

ハイライトは、羽生くんの成長と挫折をアニメーションで紹介した後。場面は北京オリンピック時のショートプログラムに切り替わる。「ロンド・カプリチョーゾ」の衣装で登場した羽生くんは、6分間練習のウォーミングアップに入る。そうか。ここは、試合だ。あの時の感覚が再現され、場内は「頑張れー!」のコール。一気に緊張感が漲った。これだけの収容人数の前で、これだけの予算がかかって、そして、あの時の演技再び。難度もあの時そのままに。本公演は一日限り。ここで失敗したら、全てが壊れる。羽生くん、どうか、飛んで!本当に息をつめて見守った。そして、羽生くんは、冒頭の4回転サルコウを綺麗に決めた後、4回転両手上げタノ付き3回転のコンビネーション、トリプルアクセルを見事に決めきった。王者の風格が会場を支配していた。王者になるためには、ここぞ、というときに決めきれる精神力が不可欠。大抵の選手は、その重圧に負けてしまうのを何度も見てきた。しかし、羽生結弦はそんなやわじゃない。改めて、羽生くんの凄さを見せつけてくれた。会場はスタンディングオベーション。羽生くん!あなたは勝ちに来た! 怒涛の興奮の只中に私たちはいた。ここで前半終了。

後半はプリンスの「Let‘s go crazy」の生バンド演奏から始まった。音楽のライブ会場に足を踏み入れたかのような興奮状態で場内はまた、熱が走る。

現れたのは「Let me entertain you」の衣装に身を包んだ羽生くん。ノリノリの空気で、熱狂を誘う姿は前半と対照的。「みんなをもっともっとドキドキワクワクさせてやる」という、羽生くんの野心が見え隠れ。

スクリーンがゲーム映像のような無機質な世界に切り替わる。場外のダンサーもロボットのよう。「楽しさとその裏側」について語る羽生くん。フラストレーションが垣間見える問いかけに、スクリーンの文字は「GAME OVER」。

赤い衣装で刺激的なダンスを「阿修羅ちゃん」で踊る。ダンスキレキレ。フルスロットル全開だ。このダンスからはカッコいい中にほのかに「毒」を感じさせてくれた。

スクリーンは、「二人の羽生くん」を映し出した。ネガティブな羽生くんと、ポジティブな羽生くん。葛藤する心を綴るナレーションに、心を締め付けられそうになる。「マスカレイド」のピアノ演奏が、羽生くんの悲哀を強調する。

オペラ座の怪人」の衣装。羽生くんは、仮面をつける仕草から、トリプルアクセルのコンビネーションを何度も決める。いつも、思うのだが、羽生くんはジャンプの構えが少ない状態でジャンプを飛ぶ。美しい所作のままで、トップスピードでジャンプを飛ぶから、「ジャンプがプログラムの一部であるかのように」見えるのだ。ジャンプを飛ぶ前の所作ナンバーワンかもしれない。そう思いながら、うっとりと見入ってしまった。

再度始まる羽生くんの独白は羽生くんの夢、そして夢とお別れする羽生くんのパート。乾いた悲しみが会場を覆う。いとおしい夢って、覚めてしまった後に、寂しい気持ちになるよな、と思った。「一人にしないで…」という言葉に、切実な思いが詰まっている気がした。

白い布に包まれた羽生くんの「いつか終わる夢」。夢を探し求めているのか、羽生くん自身が夢なのか。幻想的な雰囲気が会場を纏う。こんなきれいな夢だったら、ずっと覚めないでいたい。

孤独の淵にいる羽生くんの独白。その羽生くんに、星空が、風が、月が、太陽が寄り添っていった。そして、みんながいる。GIFTが羽生くんの目の前に。今までのナレーションで感じてきた場面やプログラムが伏線回収されていく瞬間だった。羽生くんはアクターの才能と詩人の才能も備わっているのだと思った。

「nottestellata」。終始、白鳥のように舞う羽生くん。トリプルアクセルで着氷が乱れるも、こらえる。しかし、転ばない。あんなに、複数のプログラムをこなして、疲れ切っているはずなのに、ミスを最小限にとどめて、世界を壊さない。こんなこと、きっと、羽生くんにしかできない。他の選手だったら、何回も転んでいる。羽生くんの必死でひたむきなハートが、磨かれたハートが、最後まで、暖かくて、氷が解けてしまいそうに感じた。

会場が、星のようにライトアップされ、羽生くんの結びの言葉。

リンクの中央に羽生くんの書いた「Fin」の文字が映し出される。

スクリーンはアイスリンク仙台で滑る羽生くん。「僕のこと」。前向きなエネルギーを放出していた。

アンコールは情感たっぷりな「春よ来い」。そうか、もうじき春が来る。寒いのもあと少しの辛抱だ。羽生くんの春の世界が、もうじき来る明るい未来を予感させるようで、ほっこりした。

しばしの静寂の後にやってくるのは不穏な笛の音。うわ、「SEIMEI」まで生演奏だ。なんて贅沢なのだ。やはり、羽生結弦を語る上では欠かせない代表作の「SEIMEI」。甘いスイーツの後でピリッと刺激がくるミントティーのようだ。それとも、自然な苦みの緑茶かな?

最後のステップで渾身の力を込めて滑る羽生くん。楽しそうに、自信に満ち溢れて。そう、あなたはまさしく「羽生結弦」。唯一無二のフィギュアスケーターだ。

 

羽生くん濃度200%を感じるアイスショーだった。こんなアイスショーは羽生くんにしか、できないと思う。羽生くんの想いや感覚が生々しく、皮膚に入り込んでくるような、くっきりと心に刻まれたような気がする。

私の枯渇していた、感動リミッターが、しっかり充電されていった。今日という一日が、特別な日に変わった。その一日は、これからの日々を頑張っていく力に、確実になった。羽生くん、ありがとう。また、羽生くんに幸せにしてもらえた。

この贅沢なGIFTを私は一生忘れないだろう。

あの時伝えたかった言葉 タクシードライバーの思い出3選

 

 

その日、私は不機嫌だった。会社の飲み会の帰り、タクシーを拾って、家に帰る途中、雑念がぽろぽろと頭を巡らしていたのだ。

そんな時、ふと、タクシーのラジオから、美川憲一の「伊勢佐木町ブルース」が聞こえてきた。タクシーの運転手さんがボリュームを上げる。

「この歌ねえ、僕、好きなんですよ。辛いことがあるたびに、家に帰って、聴いてるの」

ふいにタクシーの運転手さんがそう答える。

私は、何気なく、歌を聴いてみた、なるほど、切なさの中に芯を感じる深い歌声だ。

「魂が震えるような声ですね」と私が答えた。

「そう! そうなんだよ!」彼は振り返り、涙声になってそう、言った。

その時に、「ああ、この運転手さんも、辛いことがいっぱいあったんだな。そして、この歌は、そんな彼を救ってきた歌なんだ」ということが伝わってきた。私の擦り切れた心が和んでいくのを感じた。家に帰るまで、美川憲一がいかに素晴らしい歌手であるかについて、盛り上がる二人。ブルーだった一日が、なんだかそんなに悪くない日だったように思えた瞬間だった。

 

その日、私は体調の不安を感じて、検査のためにタクシーに乗っていた。当時は、相当不安で、重い空気が社内に立ち込める。しばらく車が走った後で、ぽつりと、タクシーの運転手さんがこう言った。「それでもねえ、笑った方がいいよ」と。

一瞬、何を言われたのか、分からずに運転手さんを見詰めると、続けて、彼はこう言った。

「セクハラって言われるかもしれないけどさ、お客さん、せっかく、かわいい顔をしてるんだから、もっと、笑ったら、みんな、何でもしたくなっちゃうよ。特に、男はね」

そんなはずはなかった。だって、その日の私は、相当慌てていて、化粧もせず、着の身着のまま、タクシーに乗っていたのだ。とりたてて美人という訳でもない、身なりも構わない私に、そんな言葉をかけてくれるだなんて… そう思いながら、私の心のどこかは、「かわいい」なんて、百年ぶりに言われたことで、正直、高揚していた。

思わず笑顔になってしまって、タクシーの運転手さんと話が弾んでしまった。タクシーの運転手さんは、大分、女性運がない人だったと見えて、うまくいかない自分の恋愛話をいろいろ話してくれた。「でも、女の子に笑顔で言われると、弱いんだよねえ」って照れながらそう答える運転手さん。なんだか、不安が消えて、楽しく話し込んでしまった。

病院について、タクシーを降りる私に、彼はこう言った。「病気なんて、吹き飛ばしなさいよ」と。幸い検査で異常は見つからなかったが、私は、今でもその時のことをよく覚えている。

 

その日、私たちは、父の臨終の知らせを病院から聞かされて、大急ぎでタクシーに乗った。

「間に合うだろうか…間に合ってくれ…」心はその一点で縛られていた。タクシーに行き先を告げた真夜中。そのタクシーは、人けのない夜の街を猛スピードで走っていた。あんなにスピードを出しているタクシーに乗ったのは、初めてのことだったと思う。

向かっている途中で病院から携帯に連絡が入る。「脈拍が弱くなっています、なるべく、お早めにお越しください」

そう言われたことを家族に伝えると、スピードは更にアップしていった。

「救急入口だね。救急入口につけるよ」と病院が目の前に迫った時に、運転手さんは静かにそう言った。そして、目的地に着く前にライトをつけて金額を教えてくれた。私たちが、スムーズにお会計を済ませられるように。

運転手さんは、これから、何が起こるのかを知っていたのだ。間に合うように、なるべく早く、でも、事故を起こさないように、運転に細やかな気遣いがちりばめられていた。

私たちは、タクシーを降りて、病室に向かう。そして、かろうじて、父の最期に間に合ったのだ。

 

生きていると、タクシーを使うことは、誰しもよくあると思う。不機嫌な時、不安な時、誰かとお別れの時、人生の節目で、その人に何が起きたのか。職業柄、鋭く感じ取って、配慮を見せてくれるタクシーの運転手さんは、本当にプロフェッショナルだと思う。

あの時、私は「ありがとう」という言葉をうまく、伝えられただろうか。

今日も、どこかの街で、誰かが、気配りのタクシードライバーに救われているのかもしれない。