過去に繋がれ、未来を飛び越えろ! ~フィギュアスケートと洋楽について~妄想トーク

 数日前、ずっと頭の中をある洋楽のメロディーが鳴り響いて離れませんでした。それは、とても特徴的なメロディーで、誰もがすぐに聞いたことがあると感じられるような普遍的な曲。そして、不思議とその曲に合わせて、フィギュアスケーターが滑りだす絵が頭の中に浮かんできたのです。でも、誰がその曲で滑っていて、どんなプログラムだったのか、思い出せません。絶対その曲で、だれか滑っているはず、そう考えた私は、ツイッターでその曲について、話題にしてみました。すると、あるフォロワーさんが、その曲で滑っているスケーターについて教えてくれたのでした。すべてはそこから始まります。

 

曲名は「Stay」、伝説的な歌姫、Rihanna - Stay ft. Mikky Ekko 2012年の名曲です。

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滑っていたスケーターはフランス人スケーター、マエ・ベレニス・メイテ。パワフルなジャンプとスケーティングが持ち味です。しっとりとした名曲で彼女は、バネのあるきびきびとしたムーブメントと、流れのあるスケーティングで「秘めた力強さ」を感じさせる演技を見せてくれました。振付はオリンピック金メダリストアイスダンサー、チャーリー・ホワイト。すごく曲にハマって滑っているマエちゃんが素敵で、見入っているうちにふと、「この曲を日本人が滑ったら、どんな風になるのだろう?」という妄想が、頭をよぎりました。

 

そう、今回は、「洋楽を日本人スケーターが滑ってみたら」という、私の妄想トークを皆様にお届けできればと、思います。

 

冒頭ご紹介した、Rihannaのこの曲。「あなたにそばにいてほしい」という切ない女性の願いを、パワフルに歌い上げているところが、魅力ですね。相反するイメージを両方、表現できるのは誰か考えた時、紀平梨花選手の鮮やかなトリプルジャンプが自然と頭に浮かんできました。紀平選手はかっこいいプログラムも、キレイなプログラムも圧倒的なテクニックで、鮮やかに滑り切るところが持ち味です。そして、彼女の一つ一つ、細やかに音を捉える天性のリズム感を考えた時に、この大人のラブバラードを、メリハリを利かせながら滑る梨花ちゃんが見たい!という風に感じてしまいました。いつか、ショーナンバーでもいいから滑ってくれないかな~などと、今から期待してしまいます。

 

  次にご紹介する曲名は、88rising所属。インドネシア出身の期待のシンガーソングライター、Nikiの「Lose」。

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  南国生まれの彼女の歌声は、どこか開放的で、なおかつ、憂いがあり、とても、セクシー。この曲も、切ない愛がテーマになっている曲ですね。

この曲で滑ってほしいな、と感じているのは、世界選手権銀メダルに輝いたことのある、20歳の樋口新葉(ひぐちわかば)選手。ジャンプの入りも、ステップワークもかなりエグイぐらいのスピードが持ち味の選手。そうでありながら、曲の見せ場で、この魅せ方が正解というのがよく分かっているのでは、というほど、表情や所作にスキがありません。基本的にバラードの曲は、フィギュアスケートにおいて、滑りのスピードがなければ、魅力的に演じるのはとても難しいと言われています。新葉ちゃんのスピードとダイナミックな表現で、この曲を更に力強く、セクシーに演じてくれるのでは、という気がしてしまいます。

 

  更に妄想は続く。男性ボーカルの曲でこれまた切ないラブソング。香港出身のシンガー兼ダンサーJackson Wangの「LMLY」。

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MVも歌詞もいやー切ない。だけど、メロディーがとてもキャッチ―でさわやかな曲なんですよね。この曲を滑ってほしいのは、友野一希選手です。

友野くんの音楽表現はいつも抜群で、見ている人の心に残る演技を披露してくれます。みんなを楽しい気持ちにさせてくれる友野くんが、こういう切ないナンバーに挑戦してくれたら、多分私が幸せです。冒頭のイントロから、曲のサビの部分まで、どんな風に、友野くんが滑りや表情で演じてくれるのか、とっても楽しみになりませんか?

 

  そして、少し、意外な組み合わせになるかもしれない曲をここでご紹介したいと思います。Khalid の2017年の名曲。「Angels」。

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  この曲で滑ってほしいスケーターは、羽生結弦選手です。どこか、悲しげだけど、決してあきらめない思いが垣間見えるこの曲。羽生くんは意外と、ソウルフルなナンバーで滑っていることが少ないよな~と思ったのですが、この曲の抑えた中にあるエネルギーを今の羽生くんのテクニックで、どういうイメージに作り上げてくれるのかが、本当に見てみたいと思わせてくれます。多分、羽生くんはなんでもできると思うけど、こういった陰りのあるボーカルでまた、今まで見たことのない羽生くんをとても期待してしまいます。

 

  最近、音楽の文化は、電子化されていて、すぐに携帯からストリームできるような環境が整いつつあり、人々は常に新しい曲にアクセスし易くなったように思うのです。その半面、過去の名曲をじっくり聴くというスタイルの楽しみ方が個人的に減っていくような気がしていました。けれど、フィギュアスケートを見ていると、昔の名曲を今のフィギュアスケーターが新しい解釈で滑っているのをよく目にします。「ああ、そうか、こうやって名曲が今のスケーターによって、今の私たちに繋がっていくのだな」私は、スタンダードな名曲のナンバーをプログラムとして見るときに、いつもそういった感動を覚えます。そして、願うのです。今、私が携帯で当たり前のように聞いている音楽も、未来を飛び越えて、未来のスケーターの色に染まって、未来の私たちに新しい感動を与えてくれることを。

 

今回、繰り広げた私の洋楽妄想トーク、プレイリストにまとめておきました。

Spotify – Bittersweet Delusion

タイトルは「Bittersweet Delusion」(ほろ苦い妄想)です。またいつか、未来の妄想トークを繰り広げられたら、いいな、と思います。

おしゃれに物語を演じる男の子 友野一希くんのこと

2016-2017シーズンのフィギュアスケート全日本ジュニア選手権で、その男の子の演技を見たとき、「なんて、楽しそうに物語を演じているんだろう」そう思って、名前をチェックしたのを今でも覚えている。フリーのプログラムで「巴里のアメリカ人」を小粋でおしゃれに最後まで表現して見せてくれた時、「日本人だけど、どこか、昔のアメリカのミュージカルスターを思い出させる子だな」と、強いインパクトを与えてくれた。その男の子の名前は、友野一希。大阪出身のフィギュアスケーターだ。

後に彼が、「浪速のエンターテイナー」と異名をもつ存在であることは、この時の私は気が付いていなかった。ただただ、音楽を素直に感じて、おしゃれに滑る友野くんは、とても魅力的で、スケートで自分を表現することを楽しんでいるように見えて、見ていると、こちらまで、楽しい気持ちになった。2017年の世界ジュニア選手権9位。その時のエキシビションナンバーは「燃えよドラゴン」。フリープログラムとは対照的に攻撃的なブルース・リーを演じながら、スケートリンクをヌンチャク抱えて行ったり来たり!「でもなんか、不思議、映画のキャラクターに自然になり切っている。そして、そのことを楽しんでいる。この子は、表現することが本当に好きなんだな。」独特のセンスを友野くんに感じた。その熱はどんどんヒートアップすることになる。

2017-2018シーズン、友野くんは補欠から急遽、世界選手権大会に出場することになる。「僕は苦労人だから」シーズンの最中に友野くんからそんな言葉を耳にした。シニア初戦のグランプリシリーズ、出場予定だった村上大介選手が病気で欠場。代わりに出場した大会で、自己ベストを更新し、大健闘の7位。その前のシーズンでも、出場予定の選手がケガで辞退。代打出場の中、自己ベストを更新。大会に出場するまで、決してまっすぐな道のりではなかった。そんな中、自分に打ち勝ち、チャンスを自分のものにしてきた実績がすでに備わっている選手だった。

ショートプログラムで披露したツィゴイネルワイゼン。弦楽器を軽やかに滑りきって、11位。フリープログラム「ウェストサイドストーリー」で、彼は、情熱的に躍動感のあるスケーティングを披露する。まるで、映画の主人公になりきったような、その場が競技会であることを一瞬忘れてしまうくらいの熱演に会場中が魅了された。彼はこの演技で総合5位となり、男子の来年の出場枠確保に大きく貢献したのだった。

2018-2019シーズン、ショートプログラムニューシネマパラダイス」では、しっとりとした曲調を感じながら、情感を感じさせてくれたし、フリープログラム「リバーダンス」では変化のある難しいリズムでエネルギッシュな友野くんを見せてくれた。プログラムを演じるごとに友野くんは、どんな曲にも自然に体を預けているようで、それぞれ違うキャラクターに自然に染まっていく。その年のグランプリシリーズロシア大会、彼は3位に輝いた。

足を負傷した羽生結弦選手を気遣い、表彰台で、手を差し伸べる友野くん。羽生選手のお花を関係者に渡すために預かってあげる友野くん。先輩にさりげない気遣いを見せる友野くんは、本当に紳士だな、と思い、その姿勢を好ましく思った。

2019-2020シーズンと2020-2021シーズン、ショートプログラムはモダンバレエから着想を得た「The Hardest Button to Button」。フリープログラムは「ムーランルージュ」。この2シーズンは、友野くんにとっても、試練の年だったと思う。2020年から、世界に猛威を振るい続けているコロナウィルスの中、試合の中止が相次ぎ、練習も中断を余儀なくされた。自主的に縄跳び等、体幹を鍛えるトレーニングを欠かさず行ってきた。「本当に試合ができるのかな」と思ったこともあるかもしれない。それでも、友野くんは、トレーニングに励む姿をインスタライブでよく披露してくれた。自分で自分を勇気づけるように。みんなの前で笑顔を絶やさずにトレーニングの内容を報告する友野くんを見ていると、一時、私も不安な気持ちを忘れることができて、試合を心待ちにすることにつながった。

 2シーズン続けて、プログラムを持ち越した成果は、シーズンインの時にすぐに感じることができた。スピンやステップが更にスピードアップし、磨かれていることが伝わってきた。何よりも、モダンバレエと映画、演じ分けるのが難しいテーマなのに、友野くんは、プログラムの中の音楽を更に自然に、更に強さを帯びて、演じられるようになっていたのだ。ぎりぎりの状態で踏ん張る友野くんの粘り強さを今シーズンも随所で感じることができた。

 シーズンオフのアイスショー、友野くんが滑ってくれたのは、来季のフリープログラム「ラ・ラ・ランド」とエキシビションナンバーの「Bills」。久しぶりに友野くんの滑りを見た時に、友野くんから試合の時と違った変化を感じることができた。スケートを滑ることを、お客さんとコネクトすることをこれまで以上に友野くんが楽しんでいるように思えたのだ。その姿は、最初に友野くんを認識したときに感じた何かを感じさせた。どんなプログラムも、映画を見ているように、物語の主人公になりきって、心から楽しそうに滑っている友野くん。私が元気をもらってきた友野くん。先輩にも後輩にもさりげない気遣いを見せる苦労人の友野くん。本当に、彼は「浪速のエンターテイナー」だ、と強く感じることができた。来シーズン、音楽をありのままに感じて、自由に楽しんでいる友野くんが見られることを今からとても楽しみにしている。

 

PS:友野くん、色気とか気にしなくていいからね。

光と影、そして、「星の瞬き」Stars On Iceを終えて

ゴールデンウイークが終わり、完璧にフィギュアスケートシーズンが終わってしまった中、皆さま、お元気にお過ごしでしょうか。去年はコロナの影響で中止となってしまったアイスショーStars On Iceが、今年はなんとか、開催されましたね。我らスケオタ、辛い現実を一瞬忘れることができたのではないでしょうか。今回は、例年と違い、日本人スケーターだけで開催されたStars on Iceのことを想い出に残しておきたいと思います。

 

冒頭のグループナンバーは、The weekendの「Blinding Lights」。

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この曲は、2020年のシーズン、洋楽シーンにおいて非常に象徴的なナンバー。誰もが一度は耳にしたことがあるのではないかぐらい、大ヒットした曲。冒頭、みんなの前に現れたのは、羽生結弦選手。マイケルジャクソンを思わせる大胆な振付、実は、オープニングのソロパートは本人振付とのこと。正直、びっくりさせられました。もともと、クールなマインドは彼に備わっていたのです。クールかつワイルドなプログラムに挑んで、清潔感のある色気が彼の持ち味でした。今回も、清潔感を感じさせながら、今までの羽生くんとどこか、違う。そう思いましたね。なんというか、今までまとっていたベールを脱ぎ棄てて、26歳の大人の羽生くんのリアルさみたいなものが、感じられました。どこか、退廃的だったり、光の中に見え隠れする「闇」みたいなものも表現しながら、羽生くんを中心に、クールな光が渦を巻き始めました。

And I said ooh I’m blinded by the lights.

No, I can’t sleep until I feel your touch.

このフレーズは、本当に「ニクイ」と思います。今シーズン、「触れる」ことを極端に避けてきた世界。どこか、距離を隔てた閉塞感の中で過ごしてきた私たち。会場の空気を通して、画面を通して、演技を通して、光に「触れる」ことができるようなそんな歌詞で締めくくられるオープニングには、格別の感動がありました。

オープニング以外でも、今回出演した「Starたち」は一瞬の瞬きをたくさん、私たちに披露してくれました。

連続ジャンプがまるで連続花火みたいで、みんなを沸かせた三原舞依選手の「Fireworks

スーツとネクタイ姿に身を包み、小粋なナンバーをお洒落な表現力で魅せた友野一希選手。

技術と技術のぶつかり合いで、コケティッシュなナンバーをアスレティックな魅力に変えて楽しませてくれた、宇野昌磨選手を中心としたグループナンバー。

カップル競技ならではのダイナミックさを存分に発揮してくれた、りくりゅうやチームココ。

黒のシンプルなレオタードを思わせる衣装で、バレエダンサーのバーレッスンの一こまを演じているかのようなストーリー性のあるプログラムを見せてくれた坂本花織選手。

ストールを、パートナーに見立てて、ジャンプなしのスケーティングで見事な存在感を発揮してくれたショーディレクターの佐藤有香さん。

しっとりとした雨音とカノンの心地よいバラードナンバーで、澄んだ色をリンクに残してくれた、紀平梨花選手。ショーが進むにつれ、心に星の瞬きが溜まっていくようで、ただただ、幸せで、時を忘れました。

そして、主役はやはりこの人。羽生結弦選手。披露してくれたナンバーは2016-2017シーズンのSP、プリンスの「Let’s go crazy」。アイスショーでみんなと一体になれるようにと選んでくれたこのナンバー。久しぶりに白のコスチュームで披露してくれたこのプログラムは、試合とはまた違った盛り上がりと熱狂を会場にもたらしてくれました。ショーといえど、手を抜かない羽生選手。見事な4回転と、難しい入りのトリプルアクセル。「稲妻のようだな」心に突き刺さるくらいシャープな光を帯びたスケーティング。きっと、一生忘れないと思います。

エンディングの曲はEmeli Sandé (エミリー・サンデー)さんの「Shine」。あれ?オープニングは「Blinding Lights」でエンディングは「Shine」…このショーのテーマ、もしかして光…? 国別対抗戦が始まる前に羽生選手が宣言した「誰かの光になれるように」そして、このアイスショーは「Stars on Ice」。

そう。すごく深いテーマがこのアイスショーに込められていたのではないかと感じた私は、本当にこのアイスショーを見られて良かった、って感じました。

世界を覆う「不安の闇」、フィギュアスケートのスポットライトの背後にある「闇」。私たちの住む世界には、様々な闇が存在しています。闇の存在に、くじけてしまうことも、きっと誰しもあるでしょう。けれども、太陽も星も、たとえ雲に隠れていても、空に「いつだってある」のです。生きている以上、光を心に照らしていかなければ、と私はこのアイスショーを見て、決意を新たにしました。そう、だからお願い、フィギュアスケートも一人ひとりの「スター」が、これからも明るく照らし続けて…

来年も、新たな光あふれるアイスショーが開催されることを、本当に心から願っています。

氷上の「問題児」ジェレミー・アボットが残したもの

 私がその選手の演技に注目し始めたのは、2007年の仙台で行われたフィギュアスケートNHK杯からだった。彼が滑り始めると、それまでの緊張感漂う会場の空気は一変し、まるで、ミュージカルやお芝居の舞台を見ているみたいな印象を味わえた。スケーティングがなめらかで、あっという間に時間が過ぎてしまう、そんな演技を披露する彼は、とても美しかった。彼の名は、ジェレミー・アボット。4度の全米選手権を制したアメリカのフィギュアスケート選手だ。

ロックなテイストの演技も、クラシカルな雰囲気の演技も、彼はその時のフィーリングで難なくものにしてしまう。アーティストの資質に恵まれていることは、誰の目にも明らかだった。そんな彼が1994年世界選手権女王 佐藤有香さんの弟子になったのは、2009-2010シーズンからだったと思う。パンにバターを塗るような滑らかなスケーティングに定評のあった有香さん。彼女に認められたスケーターに、自然に期待が高まった。その年のグランプリシリーズ、私は彼の意外な一面を目にすることになる。とある試合、演技が終わり、キスアンドクライで採点を待つ彼。なんと、急にカメラに向かって「あっかんべー」をしはじめた。「今の何?」 今まで、表情で貴公子のように滑っていたのに…どうも、彼には、なかなかクレイジーな一面があるのだということに気が付くのに、時間はかからなかった。その後、ジェレミーツイッターに行ってみると、まあ、びっくり。相当やんちゃなキャラクターではありませんか。気に入らないことがあると、「Fワード」の言葉が頻繁に飛び交い、スケーター同士ツイッター上で喧嘩するし、コーチの有香さんから、一時、パソコンを取り上げられるほど、リアルな彼の行動は「問題児」の一面を見せていた。けれども、表情にひとたび登場すると、あら不思議。彼は氷上で何にでもなれた。ビートルズのナンバーではロックスターに、クラシカルなナンバーでは美の化身に。天使のような顔を見せたかと思えば、悪魔のような邪悪さも見せる。彼は、どこまでも「アーティスト」だった。

もちろん、彼が評価されていたのは表現だけではなかったと思う。流れるようなスケーティングに加えジャンプでも、彼はエッジエラーのない正確なジャンプを飛べる選手だった。

 ジェレミーのベストパフォーマンスといえるプログラムは、2011-2012シリーズと、2013-2014シリーズで披露した、佐藤有香さんとの共作、「エクソジェネシス交響曲 第3部」だ。

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 助走の少ない入りのジャンプ、降りた後の繋ぎ、上体を音楽の盛り上がりとともに激しく動かしながら、足元は水が流れていくように、美しく滑っている。このプログラム、この音楽は、ジェレミーのためにあるのではないかと多くの人に思わせたと言っても過言ではないだろう。彼は曲の全てを支配し、曲と一体化していた。

 2017年、彼は皮膚がんであることをインスタグラムで公表した。いつも、決して、弱音を吐かないジェレミー。病のことも、まるで、何気ない世間話のようにさらっと告げた。いつもそうだったのだ。ふざけながら、問題児のようにふるまいながら、彼は、人を不安にさせることも、くよくよしたことも決して口にしなかった。強気な言葉で自分を奮い立たせて氷上に立っていた。その年のJapan Openで披露してくれた「マイウェイ」。手術を控えていたことを感じさせないほど、彼はすがすがしい、優しい表情で最後まで滑ってくれた。氷の上から、客席とコネクトするのを慈しんでいるようなスケーティングは、いまでも忘れられない。

 

  彼は、現役時代、実力が評価されながらも、世界選手権でのメダルを手にすることはなかった。しかし、今でも、エキソジェネシスをプログラムに選ぶ若手の選手が後を絶たないのは、ジェレミー・アボットのあの演技にインスパイアされている選手が多いからだと思う。若手の選手達を見ていると、ジェレミーのプログラムに影響を受けたのでは、と思う子たちをたびたび見かける。ジェレミーのあの美しいスケーティングは、間違いなく、フィギュアスケートの歴史の1ページに刻み込まれているし、後に続くスケーター達の心にも、様々な色を残してくれていると感じる。

現在は、アメリカでコーチとして活躍しているジェレミーツイッター投稿の頻度は減ってしまったけど、時々、最初にびっくりさせられた「あっかんべー」みたいな、ファンキーなジェレミーを期待してしまう自分がいたりする。

Show must go on. フィギュア国別対抗戦を終えて

フィギュア国別対抗戦2021。全てのシーズンの締めくくり。我々、フィギュアスケートファンが毎年楽しみにしてるはずだったこの試合。しかし、開催前、私の心は、ふさぎ込んでいた。地元の街も、コロナの感染者が増加傾向の一途を辿り、国別対抗戦が行われる大阪も、感染者が急激に増え、刻一刻と感染が広がっていることを伝えるニュース。

その開催を疑問視する声も多く、正直、本当に開催されるのだろうか?と一日ごとに不安を抱えながら、情報を追っていた。

そんな中、誰かのリツイートに載っていた言葉が、私の心に深く突き刺さることになる。

「こんな状況で、(試合を)開催するなんて、不要不急の外出がだめというならば、試合こそが、不要不急じゃないですか」

フヨウフキュウ…? ショックを受けた。毎年、フィギュアスケートの競技を応援し続けて来た。どのスポーツにも言えることかもしれない。この競技もまた、光と闇をはらんでいる。成功する選手は、ほんの一握り。毎日、地道に、見えないところで、選手たちは孤独で厳しいトレーニングを積んできている。一瞬のスポットライトが当たる場所で、輝かしい演技を披露するために、彼ら、彼女たちは、様々なことを犠牲にし、血のにじむような思いで、過ごしてきていたと思う。今シーズンは、特にそう。

フィギュアスケートの試合は、いわば、彼らの「生きていくための場所」。

その場所が「不要不急」と、私には断じることができなかった。その言葉を目にした瞬間に、開催されるのであれば、応援しよう…という決意が私の中に芽生えてくるのを感じた。

そんな時、羽生結弦選手はインタビューで度々「誰かの光になれるように」と言葉にしてくれた。何度も何度も、力強く「誰かの力になれるように」と。

彼は、大阪の状況も地元仙台の状況も、よく分かっていたのだ。今シーズン、グランプリシリーズを欠場し、たった一人で、感染症対策に気を付けながら、練習に励んで、様々な経験を経て、様々な葛藤を経て、彼は、演技で、誰かの心を照らすために、この舞台に立つことを選んだ。きっと、他の選手も取り上げられないだけで、同じ気持ちでいただろう。たった一人しか応援してなくても、全員応援していても、フィギュアに心動かされた気持ちは同じ。

そこまで、覚悟を決めて、推し達が、試合を目指す以上、ファンとして、応援する以外、何ができましょう? 一人でも、多く、選手たちの努力の結晶を見届けよう。ただひたすら、応援するのみ。気が付くと、配信チケットを購入。当日を迎えることとなった。

 試合が始まると、もう、ワクワクとドキドキが止まらない。久しぶりの拍手が聞こえる会場で、選手たちは、みんな、嬉しそうに滑っていた。気のせいかな?気のせいじゃないよね。

リフトがどの角度から見ても、美しく、日本のアイスダンスの存在を世界にアピールした、チームココこと小松原美里、小松原尊夫妻。世界選手権大会同様に息の合ったペアスケーティングを披露してくれた、りくりゅうこと、三浦璃来・木原龍一ペア。腰が痛い中で、フリーをまとめてきた紀平梨花ちゃん。迫力とカッコいい女性らしさで、マトリックスを自身のはまりプロに高めてきた、坂本花織ちゃん。滑るたびに、音楽表現がランビエールの現役時代を思わせ、独自の思いで試合に臨んだ宇野昌磨選手。そして、このコロナ禍の時代、みんなが元気になるようにと、ノリノリのショートプログラム、重厚なフリー、スマホライトが光る中で優しく舞ったエキシ、と独自の完璧なストーリーを見せてくれた羽生結弦選手。

彼らを応援することで、私はたくさんのセロトニンを受け取った。

拍手が響く会場で演技することを喜んだのは、日本選手だけではなかったと思う。フランスのペア選手。クレオ・アモン・デニス・ストレカリン組は、ショートプログラムを終えた瞬間、感極まって、涙した。きっと、彼らなりに苦しいシーズンだったのだろう。最後まで、頑張って、日本の舞台で、お客さんの前で滑ることが出来たことで、いろいろ感じるものがあったのかもしれない。ロシアの女子選手トゥクタミシェワ選手は、「日本で、和を感じさせるプログラムが滑ることができて嬉しかった」とコメントしてくれた。ミハイル・コリヤダ選手は、普段、ポーカーフェイスのことが多かったが、終始、笑顔を見せてくれて、今季ベストの演技を披露してくれた。アメリカのネイサン・チェン選手も、「拍手が聞こえる中で演技出来て嬉しかった」とコメントしていた。

演技が全て終わった後でも、様々な国の選手が日本語で「日本だいすき」「日本ありがとう」と感謝のメッセージをボードに綴ってくれたことが、本当に嬉しかった。

この大会が開催されることが、正解だったのか、今でも分からない。けれども、今回の国別対抗戦は、今後のフィギュアスケートの未来のために、試行錯誤で行われた大会。彼らの意気込みと、チャレンジが、私の希望の光になったことは、疑いようもない事実である。

応援させてくれてありがとう。選手一人ひとりの健康と幸せを願って。Show must go on!

「カッコよさを追求する姿」本郷理華ちゃん

ある日、ふと目にした地元紙のチラシに、その女の子の写真が掲載されていた。他の子たちとは違う華がある女の子の写真には、「フィギュアスケート ノービス優勝 本郷理華」という文字があった。

フィギュアスケーター本郷理華選手は、1996年生まれ、24歳。仙台出身のスケーターだ。幼い頃から、地元のアイスリンクに天才少女がいるということで、理華ちゃんの存在は地元のスポーツニュースで取り上げられていた。2006年頃、師事していた長久保コーチが、名古屋へ移ることになり、コーチと一緒に名古屋へ拠点を変えたときは、理華ちゃんのこれからを期待する特集が組まれていた。

アイスショーで「キューティーハニー」を滑る幼い理華ちゃんを見た印象は、「この子、『かわいい』というより、『かっこいい』を演じたいのかもしれない」だった。

名古屋へ移り住んだ理華ちゃんは、ジュニアから頭角を現し始め、ジュニアで臨んだ全日本選手権では初出場で5位となる。

「仙台から名古屋に移り住んだあの子だ。相変わらず、かっこいい滑りだな~」元気いっぱいで、溌溂としていて、でも媚びない魅力のある理華ちゃん。仙台から移り住んで、更に磨かれたスケートを披露してくれたことがとても嬉しかったのを覚えている。

理華ちゃんのエキシビションナンバーで、今でも大好きなのは、マイケルジャクソンの「スリラー」だ。本人振付のこのプログラム。実は、個人的にベスト・オブ・マイケルジャクソンプログラムだと思っている。終始、ミュージックビデオとリンクする振付の中、無機質で、人形になったように演じる理華ちゃん。そのアンバランスな魅力は、本家、マイケルのスリラーの世界をリアルに表現することが出来ていた。「彼女には振付のセンスがある。いつか、また、セルフコリオで滑る理華ちゃんが見たい」インパクトがあるエキシビションからは、これからますます活躍するであろう、フィギュアスケーター本郷理華の魅力が最大限に引き出されていた。

理華ちゃんのプログラムが世界で注目され始めたのは、2015-2016シーズンのフリープログラム「リバーダンス」だったように思う。世界選手権大会で披露されたそのプログラムは、最初から最後まで、スピードに乗って、勢いがあった。アイリッシュサウンドに、タップダンスを思わせるステップ、全身で音を感じ、滑る喜びに溢れている理華ちゃんは、ずっと笑顔で、こちらまで、笑顔になってしまった。プログラムの間中、ジャンプが決まるたびに、歓声が会場に鳴り響き、彼女の演技にみんなが酔いしれているのが伝わってきた。この演技で、理華ちゃんは8位入賞を果たす。

 理華ちゃんの新たな魅力を引き出してくれた振付家は、カナダの振付家、シェイリーン・ボーンだと思う。「リカの女らしさを引き出したい」そう、インタビューで答えていたシェイリーン。2017-2018シーズン。全日本選手権で披露してくれたショートプログラム。「カルミナ・ブラーナ」を見たとき、私は、シェイリーンが言った意味がなんとなく、分かった気がした。とても重厚な音楽の中、ジャンプが決まっていくごとに、理華ちゃんの表現は凄みと迫力を増していく。その迫力の中には、秘められた情念が感じられた。その情念は、理華ちゃんにしか表現できない「かっこいい女性らしさ」だったように思う。オリンピックイヤーのこのシーズン、残念ながら、平昌オリンピックに進むことはできなかったが、演技を終えた会場はスタンディングオーベーションで、涙する人の姿が多かった。っていうか、私はテレビの前でずっと泣いていた。ケガとか、うまくいかないことがあったりして、それでも、スケートを諦めないで、自分の最高の演技を無心で滑る理華ちゃんの心意気が、演技から、十二分に伝わってきたから。

 2019―2020シーズン、理華ちゃんはシーズンを全休することを発表した。彼女の今後については、明らかにされず、ファンは、彼女に応援のメッセージをただただ、SNS上から送り続けた。「彼女のスケートをもう一度、見たい。私たち、理華ちゃんがもう一度、リンクに立つ日をずっと、待ってる」祈ることしかできないけれども、ただひっそりと、見守り続けたファンが、私を含めて、世界中にたくさんいたと思う。

 そして、2020-2021シーズン。理華ちゃんはスケートの世界に戻ってきた。「もう一度、滑りたい」スケートへの情熱をインタビューで語ってくれたこと、一つ一つの予選で素晴らしい演技を披露してくれて、全日本選手権出場を決めたことは、私たちファンにとって喜びだった。また、理華ちゃんを応援出来て、本当に嬉しかった。

 ショートプログラム「愛の不時着」を見たとき、それまでの理華ちゃんとは違った魅力を演技から感じることが出来た。とてもたおやかで、動きに柔らかさを感じて、彼女は素敵な大人の女性になったなと思った。フリープログラム「Ghost in the Shell攻殻機動隊」は、これまでの理華ちゃんのイメージ通り「強くてかっこいい女性」なのだけれど、それでも、今までとは少し違った印象を感じさせてくれた。豪快なのだけれど、動きと動きの間のつなぎには丁寧さが感じられ、カナダでトレーニングしていた効果なのだろうか、スケーティングが今まで以上に洗練されていて、プログラムのカッコよさがとても際立っていたのだ。

仙台でスケートを習い始め、名古屋、そして、カナダ、その世界を広げながら、大人のスケーターとして、成長し続けている理華ちゃん。彼女は幼い頃から、ずっと「カッコよさ」を追求してきたスケーターだと思う。これからも、理華ちゃんの世界が広がって、活躍する姿を応援し続けたいと思う。

ヴィンセントが「Vincent」を滑るまで

 

 

私がその男の子の演技にハッとさせられたのは、2015-2016シーズンのフィギュア全米選手権大会。演目は「ゴッドファーザー」だった。滑っていたのは、若干15歳のヴィンセント・ジョウ。「なんで、この年齢で、ゴッド・ファーザー(マフィアの抗争の映画)なの?この子、すっごい背伸びしてない?」軽い驚きと共に見ていると、少年は、次々に高難度のジャンプを決め、エネルギーを体から放出し始めた。まだ、若く、粗削りなのに、妙に印象に残る演技をしたヴィンセントは、コロラドを拠点に活躍するジュニア上がりの中国系アメリカ人スケーター。演技が終わった後、キスアンドクライに座るコーチを見て、二度びっくり。「Drew,コーチなの???? この子は一体。。。」Drew meekinsは以前、ブログで紹介した、お気に入りの元ペアスケーターだ。「これからが楽しみな子が現れました!」解説の杉爺こと杉田秀男さんのコメントがぼんやりと遠くから聞こえる。これが、ヴィンセントの演技に触れた最初の驚きだった。

 

調べていくと、ヴィンセントは、ジュニア時代から、ネイサン・チェンと並ぶ実力者として知名度が高かったのだが、靭帯のケガに悩まされ、2013-2014シーズン全休。2014-2015シーズンも休養を取りながら、トレーニングに励んでいたことが分かった。

ヴィンセントは、学校には行かず、オンラインクラスで勉強し、飛び級するほど頭脳明晰。

「なんだか、この子、若いのに苦労してきているんだな…」そう感じた私は、次のシーズンもヴィンセントの演技をジュニアグランプリシリーズから注目するようになっていた。

2015-2016シーズンに滑ったのは、スパイ映画「007」と「カサブランカ」。いちいち、チョイスが渋めなのだが、彼の軽やかなジャンプと、のびやかなイーグルのせいなのだろうか、なぜか、ミスマッチな感じがしない…いや、むしろ、かっこいい。そんなこんなで、久しぶりに若いスケーターに沼落ちし、ヴィンセントのインスタを頻繁にチェックするようになる。演技に成功すると、割と長文で理論的なコメント。演技に失敗すると「ほろ苦い瞬間は永遠じゃないよ」などと、詩的なコメント。年齢の割にインスタもやっぱり背伸びしているヴィンセント。「さては、彼は、中二病か?」はなはだ失礼な疑惑を持ちながらも、大人と子供が同居しているヴィンセントの活躍を微笑ましく、見守っていた。

そして、その年のジュニアワールドで、なんと、彼は優勝してしまうのだった。そんな、彼の活躍は、あのレジェンダリースケーター、羽生結弦選手もこれからが楽しみな選手として、名前を挙げるほど。オリンピックを前に一気にヴィンセントは上り調子になっていく。

平昌オリンピックのシーズンのプログラムは、「Chasing cars」と「ムーランルージュ」。どこまで行っても、彼は、実年齢よりどこか背伸びしたプログラムを選びがち。ふと、インスタを見れば、ポエムインスタを開設し、時々、理解不能なポエムを披露して、少々、ファンを混乱させたのも、ちょうどこのころ。現実の試合では、4回転をズバズバ決めていく体育会系スケーターなのだが、インスタでは、物語の登場人物になって楽しんでいるかのような幼さのあるヴィンスは、やっぱり、大人と子供が同居していた。

そんなヴィンスが、少しずつ変わっていったのは、2018年頃からだったような気がする。たまたま、韓国で行われた「Ice Fantasia」というアイスショーで、ショーを行う彼に、中国のボーヤン・ジン選手が何やら中国語で話しかけている姿が、ある映像で流れた。たどたどしくも、中国語でボーヤンと打ち解けた様子で話すヴィンセントから、あの、試合で見せる、背伸びした姿が少しずつ、薄くなっていくのを感じた。

後に、ヴィンセントは、自分のことを、「人に心を開くのがそれまで苦手だった。」と話している。それは、私の想像だけど、幼いころ、学校に行かず、オンラインで授業を受けていて、同年代のお友達とお話しする機会が少なかったことが、関係していたのかな?と感じられたりした。ボーヤンと仲良くなったあたりから、ヴィンセントは、同年代のお友達と気楽に談笑したりする姿が増えていく。インスタに後の親友、カムデン・プルキネンや、樋渡知樹の姿が度々登場するようになり、彼は急に明るくなっていった。

コーチがよく変わるヴィンセントが日本のコーチ浜田美栄コーチに指導をお願いするようになったのは、2018-2019シーズンのこと。このころのプログラムは、「エクソジェネシス」と「グリーンディステニー」。正統派のプログラムと自身のルーツにつながる中国の映画音楽を選んできた彼。「ずいぶん、等身大のプログラムになってきたぞ」。演目から、素直にプログラムにアプローチするヴィンセントを感じた。「これは、期待できる」と思ったそのシーズン。彼は世界選手権で銅メダルに輝く。そのことは驚かなかった。ヴィンセントの動きから、力みが消えて、迷いが消えて、ヴィンセントのいいところが随所に見える演技だったから。キスアンドクライで、無邪気にほほえみ、コーチをたたえる姿から、ヴィンセントが大人になりつつあるのを感じていた。

2020-2021シーズン、ヴィンセントが滑ったショートプログラム。Josh Grobanが歌う。Vincent(Starry Starry night)このプログラムは、ヴィンセントのこれまでの演技の中で、一番好きな作品だ。繊細で、ロマンティックで、野心的で、本当にヴィンセントらしいプログラムだと思う。

youtu.be

 

Now I understand.

What you tried to say to me.

And how you suffered for your sanity.

And how you tried to set them free.

They would not listen.

They did not know how.

Perhaps they’ll listen now.

このフレーズがとても好きで、成長したヴィンセントを思わせる、美しいパートだと思う。世界選手権、残念ながら、フリーには進めなかったけど、来期も絶対この曲で滑ってほしいと思っている。すっかり、大人になった、素晴らしい、スケーター、ヴィンセント・ジョウがまた輝きを増したストーリーを見せてくれることを期待している。