それぞれの翼をはためかせて… 全日本フィギュア フリー編

 

 

泣いても笑っても、全てが決まる、全日本フィギュア2021、フリー。当初から混戦模様が予想されていましたが、やはり、オリンピックシーズンの全日本には、通年とは違うドラマがありましたね。特別な印象を残してくれた演技を振り返っていきたいと思います。

 

女子シングル、冒頭に演技を披露したのは、念願のフリー進出を果たした、大庭雅選手。プログラムは、「タイタニック」。役柄になり切った雅ちゃんの船が静かに出港していきました。いつも、思うのですが、氷上の雅ちゃんは、本当に女優さんみたい! 動きや表情を見ていると、恋に落ちて、葛藤と、恐れがあって、それでも強い気持ちと、生きる喜びを噛みしめて…という一連の流れがはっきりと伝わってきます。今回、どのジャンプも、しっかり絶妙なタイミングで決まって、更に雅ちゃんが笑顔で滑っていくステップまで鮮やかでした。終わった後、納得したようにうなずく雅ちゃん。そして、キスアンドクライには、振付をされた安藤美姫さんの姿。雅ちゃんの夢が叶った瞬間に立ち会えたことに、喜びと幸せを私も感じていました。

 

ショートで気持ちのこもった、「レ・ミゼラブル」を披露した、三原舞依選手。フリーは、妖精になりきって、優雅に滑っていきました。一つ一つのジャンプは羽が生えたように軽くて空気を含んでいるよう。舞依ちゃんのもつ、優雅さやたおやかさが、会場を包み込んでいるように見えました。途中で、回転が抜けてしまう等のミスがありましたが、舞依ちゃんは、最後まで妖精でした。いつでも、夢みたいに美しい演技を見せてくれる舞依ちゃん。今回の演技も、「舞依ちゃん、大好き!」って、会場にいたら、叫んでしまっただろうと思います。

 

ショートが終わった時点で、かなりの緊張に包まれていただろうと思われる河辺愛菜選手。

フリーはまさに正念場。見ているこちらも、ピリッとした雰囲気をひしひしと感じていました。しかし、冒頭、彼女はショートの時同様、迫力のあるトリプルアクセルを決めました。そのジャンプは、すごく豪快で、高くて幅もあるジャンプ。理想的なトリプルアクセルが宙を舞いました。途中、ハラハラする部分もあったりしましたが、後半にこれまた、大きなトリプルトリプルをリカバリーで決めたとき、彼女の執念を感じました。まだまだ、若くてこれから伸び盛りの河辺選手。きっと、これからも、彼女は大きく飛躍していくだろうな、と期待を感じた4分間でした。

 

4年前、オリンピックまであとちょっとだった、樋口新葉選手。今季の彼女は、勝ちに来ている、そう演技が始まる前に思わせてくれました。力強く躍動感のある新葉ちゃんにぴったりの「ライオン・キングトリプルアクセルは少し着氷が乱れましたが、その他のジャンプはスピードに乗って、流れのある、新葉ちゃんの真骨頂ともいえるジャンプが続きました。ジャンプが決まるごとに、スピードも加速して、リズミカルな動きも気持ちよくはまっていく。プレッシャーのかかる場面で、演技を楽しんでいるように見えた新葉ちゃん。彼女の強い気持ちは最後まで途切れることがありませんでした。終わった後に、大粒の涙を流した新葉ちゃん。積み重なった思いがあったのでしょうか。信じて、努力してきたことが花開く瞬間を見られるのは本当に嬉しいです。うれし涙の新葉ちゃんに私ももらい泣きしてしまいました。

 

最終滑走の坂本花織選手。演技が始まってすぐ、プログラムのテーマ「強い女性」の姿が顔をのぞかせました。花が咲くような見事なダブルアクセルを決めた後のかおちゃんは、なぜか、安心してみていられる気持ちにさせてくれました。シーズンの初めは、難しいステップや動作がたくさん入った、このプログラムを体に馴染ませるのに、苦労していたように見えたこともありました。しかし、気持ちを奮い立たせ、試合のたびに、全て要素をブラッシュアップさせてきたかおちゃん。今回のフリーでは、今までやってきたことを信じて、自信たっぷりに、光り輝く強い女性を最後まで演じ切りました。終わった瞬間、スタンディングオーベーション。しなやかだったり、パワフルだったり、安定感があったり、女性の様々な要素をスケーティングで感じさせてくれた貫録の演技でした。

 

アイスダンス、チームココこと、小松原美里・小松原尊組が披露したのは「SAYURI」。和を感じさせてくれる美しい着物風のコスチュームの二人。愛を語る日本語のナレーションが随所に入る。珍しいナンバーでした。最初から、最後まで、二人のスケーティングの流れが途切れることはなかったです。スピードが加速していくごとに二人の間に通い合う「愛の強さ」も加圧していったように思えます。日本人として、世界に誇れる愛の世界をフリーダンスで魅せてくれた小松原組。会場の拍手が、二人の勝利を物語っていたように感じました。

 

男子シングル。リンクをミュージカル会場に変えたような印象を与えてくれたのは、「La la land」で挑む友野一希選手。演技が始まる前、とても穏やかな顔をしていた友野くん。始まった瞬間から、表情が豊かで楽しい気分に、観ている人を惹きこんでいきます。難しい4回転ジャンプも軽やかにリズムの中で決めていく。コレオシークエンスに差し掛かった時に、生き生きとのびのびと、音楽を演じ切るShow manの友野くんがそこにいて、会場は熱狂に包まれました。空まで飛んで行ってしまうのではないか、と思わせる躍動感。幸せの青い鳥になったみたい。そういう友野くんの演技が見られたことが嬉しかったです。

 

ショートプログラムで、高得点をたたき出し、最終グループでも、期待を集める新人スケーター、三浦佳生選手。ショートの勢いそのままに、フリープログラム「ポエタ」でも、「三浦佳生旋風」を巻き起こします。ジャンプがとにかく大きい!始まりから終わりまで、竜巻みたいに空中に舞い上がるかおくん。怖いもの知らずに見える16歳は、緊張を強さに変えて、最後のスピンまでスピードの中、演じ切りました。強気で、野心的で、冷静で、情熱的。これからも、いろんなかおくんが見たくなる。そんなかおくんのフリープログラムでした。

 

3位で折り返した鍵山優真選手。ここが決まれば、オリンピックもだいぶリアルに見えてきます。この「絶対失敗できない」状況をものにするのは、とてもプレッシャーのかかること。

しかし、始まりから、次々に難しいジャンプをさらっと決める優真くん。まるで、一本の糸がつながっているように、流れが途切れることのない演技。大事な時に大事なジャンプを決められる強い精神力を感じました。「彼の心は鋼で出来ているのか?」そんなことを考えそうになった時、演技を終えた優真くんが控えめに涙を拭った瞬間をカメラがとらえました。ああ、そうか、彼も、ここまで、悩んで、苦しんで、不安な状態と戦ってきたのだ、と悟りました。あまり感情を表に出さないようにして、クールに見えていたけれど、それはじっと心で耐えてきたということなのだな。父である正和さんと固い握手を交わした瞬間に、優真くんはいつものシャイな優真くんに戻っていきました。

 

宇野昌磨君選手が今季、チャレンジしてきたのは、名作のイメージが強い「ボレロ」。彼もまた、オリンピックに静かな闘志を燃やして臨んできました。いくつか、決めきれなかったジャンプもありながら、高難度の4フリップをプレッシャーのかかる場面で降りる等、ここぞ、というときの執念を感じました。エネルギーやスピードのコントロールの仕方、音楽の捉え方などは、これまでの経験が大きく作用していたように思います。ボレロの重厚なメロディーに彼らしい繊細さと大胆さを織り込んでいました。

 

そして、大トリは、やはりこの人、羽生結弦選手。演目は「天と地と」。誰もが驚愕したのは、最初のジャンプ。4アクセル。回転不足ながら、あと、もう少しのところまで、この難易度の高いジャンプを仕上げてきていたなんて、本当に人間業とは思えませんでした。オリンピックまでの時間の間に、このジャンプがどのくらい進化していくのかと、つい、未来に思いを馳せてしまいます。上杉謙信の姿を自らに重ねて、戦いに繰り出す武将を演じる羽生くん。彼の流れのあるジャンプや、しなやかで芯のある動きを見ていたら、まるで、彼は、この世界の自然を司る神の化身なのでは、と思えてきました。エネルギーが漲って、優しさと慈愛に満ちた羽生くんは、プログラムの中で風になったり、水になったり、火になったり、羽ばたく鳥になったりしました。「皆さんの幸せのために」そう、インタビューで話していた羽生くん。羽生くんは演技でみんなを幸せにするだけじゃない。彼は、氷上から、みんなを救っているのだと、そう思わせてくれる演技でした。

 

大きな感動の渦に包まれた全日本が終わっても、その余韻は今も尽きることなく、私の心にとどまり続けています。感動を与えてくれた選手たち、みんな、特別な翼でも持っているのでしょうか? 美しく、宙を舞い、特別な時間を運んでくれた、選手の皆さん、ありがとうございました。それぞれの翼をはためかせ、ドラマの続きは、また次の試合へと引き継がれます。