折り紙と桜

 

 

「ここの桜はいつも、早く咲くの。だから、私たち、こっそりお花見スポットにしてるんだ。」

キャンパスの中庭でNさんは、そう呟いた。春風が温かくそよぐ3月も終わり。時間が止まったように感じる瞬間だった。

 

派遣で、ある大学のキャンパスで働き始めたとき、バイト職員のNさんはとても忙しそうだった。仕事ができて、几帳面で、私にないものをいっぱい持っている彼女は、毎日遅くまで残業していた。仕事の内容があまりにも過酷だったのだろうか、時折、自分の席で涙ぐんでいるのを何回か目撃した。入ったばかりで、右も左も分からない私は、どうやって彼女を手伝えるだろうかと、よく考えるようになった。

Nさんは、手先も器用な人だった。受付に飾ってある兜や折り鶴は、彼女がコピー用紙で見事に折ってあった。思えば多忙な彼女の、唯一の息抜きだったかもしれない。

ある時、私は思い付きで、桜の花を、折り紙で折ってみた。インターネットで作り方を見て、ピンクの折り紙で桜の花を再現していく。受付に、一足早く春が来たら、みんなの心が上向きになるかな? そう思って、出来上がった桜の花々を、次の日の朝、受付に置いてみた。

真っ先に気が付いたのはNさんだった。「これ、作ったのYa-koさん?」びっくりして、目を丸くする彼女。「はい、受付に春が来たらいいな、と思って手作りしてみました。」そう返すと、普段あまり笑わなかった彼女はにっこり笑った。「じゃあ、今度、私、ランドセル作ってみるね!」そう答えるとNさんは、昼休みの間、高難度のランドセルをコピー用紙で何個か作っていた。受付には、折り紙の作品が増えていって、携帯で写真に収める人も出始めた。「私たちの部署の作品だね」Nさんは、ちょっと自慢そうにそう言った。

年度末の仕事が増え始めたとき、Nさんが少しずつ、私に仕事を頼んでくれることが多くなっていった。分からないことがあった時は、とても分かりやすく丁寧に教えてくれた。一人で行っていたら、面倒に思える仕事も、みんなで協力していると、あっという間に終わってしまう。折り紙をきっかけに、部署で一体感と連帯感が生まれていった。卒業式の日、私たちはキャンパスの中を走り回りながら、こんな話をした。「私たちが何気なく仕事している日もね、誰かにとっては節目の日だったりするんだよ。」私は、今でも、その時のことを思い出す。

 

短期で始まった私の最終勤務日、Nさんは私を特別に中庭の桜スポットへ案内してくれた。

職場のみんなの特別な場所。柔らかな日差しの中で、ピンク色の桜が、勢いよく咲き始めて、辺り一帯は、春のエネルギーに満ちていた。「今まで頑張ってくれたから、これは私から」そう言って彼女が私に差し出してくれたのは、桜の花をモチーフにした携帯ストラップと手紙。

ほんの少しの間だったけど、彼女は私に心を開いてくれた。そのことが伝わってきて、本当に、嬉しかった。贈り物のストラップと手紙は、大切に戸棚の中にしまってある。それは、忘れてしまいがちな、ちょっとした春の風景。もう会えないけど、忘れられない情景なのである。