あの場所に集まった星々 羽生結弦アイスショー notte stellata

 

 

3月11日 午後2時46分。会場の外でサイレンが鳴り響いた。おしゃべりをしていた人々は、おしゃべりを止め、会場待ちの行列は静寂に包まれていく。わずか1分間、黙祷の中に込められた永遠。目を開けた瞬間、涙が込み上げてきた。

羽生結弦  notte stellata 2023年3月10日~12日にかけて、宮城セキスイハイムスーパーアリーナアイスショーが開催された。震災から12年の時を経て、あの日遺体安置所だったこの場所には、多くの人が集まり、賑わいを見せていた。

あの日、ニュースで、スーパーアリーナが遺体安置所になることを知った時は、その会場の規模に寄せられた魂の多さに言葉を失い。悲痛な心持になったのをよく覚えている。そういえば、あの時期、上空をよく、ヘリコプターが飛んでいく音が聞こえていた。どこへ向かうのかを考えると心がズキッとしてくる。心が爪を立ててむしられていくような気持ちがして、一時期私は鬱状態だったと思う。今でも、ヘリコプターの音を聞くのは、正直辛い。

12年が経ったその日、その場所は、なんと喜びに満ちていただろう。グッズへ並ぶ人、地元グルメを頬張る人、会場入りして和やかに話す人、どの顔も、希望に満ちた瞳で、キラキラしていた。活気があって、これから始まる夢のような時間へ、期待が込み上げ、こちらも気持ちがヒートアップしてくる。そのような喜びの光が満ちたころ、アイスショーは始まった。

 

冒頭、羽生くんのnotte stellata。スポットライトに照らされた羽生くんはいつもより発光しているように感じられた。彼が繰り広げるスピン、ステップ、そしてジャンプ。全てから光が零れ落ちていくようで、音と、動きが絶妙に溶けあう。腕の動かし方は、しなやかで、一つ一つの関節を音に合わせて動かしている様で、白鳥の羽ばたきを感じた。闇の中で光を帯びた白鳥は必死に翼をはためかせて飛んでいこうとしている。そんなストーリーが明確に感じられ、プログラムはあっという間に終わってしまった。会場からは複数のどよめき。

演技が終わって挨拶を行う羽生くん。いつもと違って、声が震えて言葉を詰まらせる。やはり、3月11日。この日が羽生くんにとっても、色々と越えてきた日なのだということを感じさせた。

 

場面は移り変わり、名前をコールされたのは、宮城県にゆかりのあるスケーター、本郷理華さん。いきおいと、キレが持ち味の彼女。演目はThe prayer。トリプルトゥル―プとトリプルサルコウを鮮やかに着氷。深く静かな祈りを込めているかのように情感がリンクに満ちていった。

 

三浦大知さんの前向きな楽曲「燦燦」を披露したのは、プロスケーターの無良崇仁さん。ゆったりとした伸びのあるムーブメントが、会場に安心を運んでくる。豪快なジャンプは健在。健康的な力強さを感じた。

 

羽生くんの振付を担当していた シェイリーン・ボーン・トゥロック。ご主人のパーカッションに合わせて、躍動感のあるファイヤーダンスを披露。赤い布を広げてのハイドロは、誰かと踊っているかのような、炎をくゆらせているかのようなハイライトを作り上げた。

 

田中刑事さんは現役時代に印象深かった、メモリーズで成熟した大人の滑りを感じさせてくれた。音に合わせたジャンプと細やかな音の拾い方。基礎のしっかりしたスケーティングが貫録を漂わせていた。

 

フラフープスケーターのビオレッタ・アファナシバ。彼女の手にかかるとフラフープは生き物のように動く。旋回してキラキラしているフラフープを自在に操るその姿は、まるで星を操っている魔術師のよう。

 

唯一の現役スケーター、ジェイソン・ブラウン選手は雨の音を感じさせるMelancholyで、優雅なキャッチフットスピンや、3回転ジャンプを披露。匠の表現者である彼の動きは、流れる水みたいで、心に清涼感を運んでくれる。

 

黒いコスチュームに身を包んだ宮原知子さんはサティのグノシエンヌで、妖艶に舞っていた。一蹴り一蹴りが良く伸びる。スケーティングでジャンプと同じだけのバリューがあるのではないかと感嘆。溜めのある動きからも、ジェイソン同様、表現力が伝わってきた。

 

ここで、前半のハイライト。体操界のレジェンド、内村航平さんと羽生くんのコラボ。これは、見所満載。どちらを見ていいのか、非常に迷う。内村さんの基本の技の美しさや着地の見事さからは美しい体操を感じたかと思えば、羽生くん、それに呼応するかのように意味のある側転、そしてジャンプ。羽生くんが内村さんに近づいてスピンを始めると、内村さんも円馬の上で旋回を始め、息がぴったりのシンクロを披露。会場内は大興奮。終わった後で、大歓声。ついつい隣にいる、知らない人と、「すごかったね!」と喜びを共有してしまった。

 

後半はグループナンバーBTSのダイナマイト。キャッチ―な音楽に合わせて無良くん、本郷さん、鈴木明子さん、シェイリーンが、きびきびとしたダンススケーティング。スクリーンを見ると、羽生くんが華やかにキレのあるダンスで会場を煽る。全体的に楽しい気持ちが会場を満たしていた。

 

田中くん2回目は「ある日どこかで」柔らかな音楽に合わせて、心がほぐれていくような穏やかな滑り。硬さと柔らかさのメリハリを魅せられるスケートセンスを発揮。

 

ビオレッタさん、フラフープでHOPEを熱演。大量のフラフープが虹の様だったり、流れ星の様だったり。圧倒させられた。

 

ジェイソンのImpossible Dreamは前半の静かさとは対照的に、熱く情熱的なナンバー。バレエジャンプのばねと柔軟性は圧巻。

 

宮原さん、白のコスチュームで「悲しみの聖母は旅立ちぬ」。荘厳なコーラスのパートと、彼女の滑らかなスケートが素晴らしくマッチしていた。

 

鈴木明子さんの「月の光」は、彼女の体幹の強さとスピード感があってこそのナンバーだと確信。終始、月にそよぐ風を思わせる、珠玉のパフォーマンス。

 

本郷さんと無良くんの「雨に唄えば」は本郷さんのはじける元気さと、無良くんのコミカルな動きが、よく合っていて、映画を見ている様。無良くんから、カート・ブラウニング味を感じた。

 

内村さん、ソロの床演技。ひねりの大技でも、着地がぶれないで、ぴたりと決まる安定感。技が決まるたびに、会場からはどよめきが起きる。内村さんのファンの方も会場にいらっしゃったのかな? 「ガンバー!」の声が随所から聞こえてきた。

 

オオトリ、羽生くんの「春よ、来い」。「春よ、来い」にも、いろんな「春よ、来い」がある。温かい春、冷たい春、嬉しい春、悲しい春。その時々の羽生くんの温度を感じるナンバーだが、今回のナンバーはいずれの春とも違っていた。最初から最後まで、喜怒哀楽の涙が流れ落ちる激しい春だった。羽生くんの体から、桜の花びらが舞い散っていくような、きっと、強い風が吹き荒れているんだろうなって、感じる春だった。そういえば、あの時の春は、冷たい風が吹いていた。いつまでも、暖かくならない春。食料配布の行列に並んでいたときに、見上げた空と、冷たい春風は、切ない気持ちになったな。ふと、気持ちはあの時の春に飛んでいた。羽生くんの演技が終わるころには、涙で視界がぼやけていた。

 

フィナーレ、MISIAの「希望のうた」。力強く、優しげに、みんなの動きがそろっていく。

まるで、「ひとりじゃないよ」って言われているみたい。

 

アンコール 「道」でリンクを周回。みんな楽しそう。

 

フィナーレのあいさつで、羽生くん、また、声を詰まらせる。何度も、言葉を詰まらせながら、この会場が「遺体安置所」だったことを告げた。きっと、葛藤もあったことだろう。羽生くんの必死の思いが痛いほど伝わってくる会場内。男の人の声で「頑張れー!」っていう声が聞こえてきた。羽生くん、みんな、羽生くんの味方だよ。みんな、同じ気持ち。今日という日にこの舞台で、あなたは何度もリンクに手で触れていた。まるで、大切な魂をいたわって慰めているかのように。リンクの中には、優しさがいっぱい。会場のお客さんも、声援やすすり泣き、いろんな感動が押し寄せていたのを感じた。そして、それは、私たちなりの追悼だったのだと思う。

 

アイスショーが終わり、会場を出て、駐車場に向かう途中。綺麗な星が頭上に輝いていた。なんという、素敵な偶然。あの星は、希望の星なのだろうか。今日のアイスショーのフィナーレのように、夜空で瞬く星を見て、また、明日から頑張れるって思ったのだった。

 

最高のアイスショーをありがとう。また、いつか…!