おしゃれに物語を演じる男の子 友野一希くんのこと

2016-2017シーズンのフィギュアスケート全日本ジュニア選手権で、その男の子の演技を見たとき、「なんて、楽しそうに物語を演じているんだろう」そう思って、名前をチェックしたのを今でも覚えている。フリーのプログラムで「巴里のアメリカ人」を小粋でおしゃれに最後まで表現して見せてくれた時、「日本人だけど、どこか、昔のアメリカのミュージカルスターを思い出させる子だな」と、強いインパクトを与えてくれた。その男の子の名前は、友野一希。大阪出身のフィギュアスケーターだ。

後に彼が、「浪速のエンターテイナー」と異名をもつ存在であることは、この時の私は気が付いていなかった。ただただ、音楽を素直に感じて、おしゃれに滑る友野くんは、とても魅力的で、スケートで自分を表現することを楽しんでいるように見えて、見ていると、こちらまで、楽しい気持ちになった。2017年の世界ジュニア選手権9位。その時のエキシビションナンバーは「燃えよドラゴン」。フリープログラムとは対照的に攻撃的なブルース・リーを演じながら、スケートリンクをヌンチャク抱えて行ったり来たり!「でもなんか、不思議、映画のキャラクターに自然になり切っている。そして、そのことを楽しんでいる。この子は、表現することが本当に好きなんだな。」独特のセンスを友野くんに感じた。その熱はどんどんヒートアップすることになる。

2017-2018シーズン、友野くんは補欠から急遽、世界選手権大会に出場することになる。「僕は苦労人だから」シーズンの最中に友野くんからそんな言葉を耳にした。シニア初戦のグランプリシリーズ、出場予定だった村上大介選手が病気で欠場。代わりに出場した大会で、自己ベストを更新し、大健闘の7位。その前のシーズンでも、出場予定の選手がケガで辞退。代打出場の中、自己ベストを更新。大会に出場するまで、決してまっすぐな道のりではなかった。そんな中、自分に打ち勝ち、チャンスを自分のものにしてきた実績がすでに備わっている選手だった。

ショートプログラムで披露したツィゴイネルワイゼン。弦楽器を軽やかに滑りきって、11位。フリープログラム「ウェストサイドストーリー」で、彼は、情熱的に躍動感のあるスケーティングを披露する。まるで、映画の主人公になりきったような、その場が競技会であることを一瞬忘れてしまうくらいの熱演に会場中が魅了された。彼はこの演技で総合5位となり、男子の来年の出場枠確保に大きく貢献したのだった。

2018-2019シーズン、ショートプログラムニューシネマパラダイス」では、しっとりとした曲調を感じながら、情感を感じさせてくれたし、フリープログラム「リバーダンス」では変化のある難しいリズムでエネルギッシュな友野くんを見せてくれた。プログラムを演じるごとに友野くんは、どんな曲にも自然に体を預けているようで、それぞれ違うキャラクターに自然に染まっていく。その年のグランプリシリーズロシア大会、彼は3位に輝いた。

足を負傷した羽生結弦選手を気遣い、表彰台で、手を差し伸べる友野くん。羽生選手のお花を関係者に渡すために預かってあげる友野くん。先輩にさりげない気遣いを見せる友野くんは、本当に紳士だな、と思い、その姿勢を好ましく思った。

2019-2020シーズンと2020-2021シーズン、ショートプログラムはモダンバレエから着想を得た「The Hardest Button to Button」。フリープログラムは「ムーランルージュ」。この2シーズンは、友野くんにとっても、試練の年だったと思う。2020年から、世界に猛威を振るい続けているコロナウィルスの中、試合の中止が相次ぎ、練習も中断を余儀なくされた。自主的に縄跳び等、体幹を鍛えるトレーニングを欠かさず行ってきた。「本当に試合ができるのかな」と思ったこともあるかもしれない。それでも、友野くんは、トレーニングに励む姿をインスタライブでよく披露してくれた。自分で自分を勇気づけるように。みんなの前で笑顔を絶やさずにトレーニングの内容を報告する友野くんを見ていると、一時、私も不安な気持ちを忘れることができて、試合を心待ちにすることにつながった。

 2シーズン続けて、プログラムを持ち越した成果は、シーズンインの時にすぐに感じることができた。スピンやステップが更にスピードアップし、磨かれていることが伝わってきた。何よりも、モダンバレエと映画、演じ分けるのが難しいテーマなのに、友野くんは、プログラムの中の音楽を更に自然に、更に強さを帯びて、演じられるようになっていたのだ。ぎりぎりの状態で踏ん張る友野くんの粘り強さを今シーズンも随所で感じることができた。

 シーズンオフのアイスショー、友野くんが滑ってくれたのは、来季のフリープログラム「ラ・ラ・ランド」とエキシビションナンバーの「Bills」。久しぶりに友野くんの滑りを見た時に、友野くんから試合の時と違った変化を感じることができた。スケートを滑ることを、お客さんとコネクトすることをこれまで以上に友野くんが楽しんでいるように思えたのだ。その姿は、最初に友野くんを認識したときに感じた何かを感じさせた。どんなプログラムも、映画を見ているように、物語の主人公になりきって、心から楽しそうに滑っている友野くん。私が元気をもらってきた友野くん。先輩にも後輩にもさりげない気遣いを見せる苦労人の友野くん。本当に、彼は「浪速のエンターテイナー」だ、と強く感じることができた。来シーズン、音楽をありのままに感じて、自由に楽しんでいる友野くんが見られることを今からとても楽しみにしている。

 

PS:友野くん、色気とか気にしなくていいからね。