リンクに綴られた物語 Yuzuru Hanyu ICE STORY 2023 “GIFT” at Tokyo Dome

 

 

感動のリミッターがバッテリー切れになっていたここ数ヶ月。何を見ても、何を聞いても、感覚が一瞬で消えていっていた。もう、フィギュアスケート言語化しなくてもいいのかな、そんな風に思えていたそんなある日。その日はやってきた。

Yuzuru Hanyu ICE STORY 2023 “GIFT” at Tokyo Domeが2月26日に開催された。

何もかも、前代未聞、出演者は羽生結弦ただ一人、アイスショー初の大型開催地、東京ドーム、果たしてどんな物語が用意されていたのか。配信動画の前で、固唾を飲んで目を見張っていた。

「そこに幸せはありますか?」羽生くんの静かな語り口から始まるオープニング。

そして、登場したのは、火の鳥に扮した羽生くんだ。鮮やかな羽を翻しながら、羽生くんは伸びやかにイナ・バウワーを披露。羽ばたくようにリンクを周回。生まれたばかりの羽生くんが、フィギュアスケートを知って、世界へ羽ばたくのとリンクしていくように感じた。

次は、スクリーンに映し出される、自然の美しいフォルムが表された映像。光と影 月と太陽。名もない草花。自然の世界に語りかける羽生くん。練習に励んだ日々、仙台の自然は、羽生くんに力を与えてくれていたのだろうか。

姿を現した、「Hope and Legacy」の羽生くん。

月の明かりに照らされた草花のような、川の水のような、森のような、自然界の精霊に姿を変えたような羽生くんを感じた。静かなパワーを内に秘め、滑らかなスケーティングとジャンプをリンクに綴っていく。このプログラムは、本当に見るたびに「自然界との呼応」を感じる。

突然、何もかもが消えていく喪失感を語りかけるナレーション。恐らく、震災のことを語っているのか、と感じる場面も。「一人は嫌だ…」と訴える声と一筋の涙が映し出されるスクリーン。白いコスチュームで演じる「あの夏へ」は、痛みに優しく寄り添うように、「鎮魂の星空のように」優しい世界だった。キープの長いスパイラルはとてもうっとりとさせられる。

星空のように照らしていた場外のダンサーの動きが、ドレープのある衣装を激しく揺らして、風を感じさせた。向かい風の中を進む羽生くんのナレーション。一歩一歩、前に進んでいく成長のステージを思わせるパート。

再び現れた羽生くんが滑るのはショパンの「バラード一番」。静かなピアノ演奏の中、スピーディーに4回転3回転のコンビネーションとトリプルアクセルを成功させる。テクニカルのギアが効果的に一段も二段もあがっていった。沸き上がる大歓声。

ハイライトは、羽生くんの成長と挫折をアニメーションで紹介した後。場面は北京オリンピック時のショートプログラムに切り替わる。「ロンド・カプリチョーゾ」の衣装で登場した羽生くんは、6分間練習のウォーミングアップに入る。そうか。ここは、試合だ。あの時の感覚が再現され、場内は「頑張れー!」のコール。一気に緊張感が漲った。これだけの収容人数の前で、これだけの予算がかかって、そして、あの時の演技再び。難度もあの時そのままに。本公演は一日限り。ここで失敗したら、全てが壊れる。羽生くん、どうか、飛んで!本当に息をつめて見守った。そして、羽生くんは、冒頭の4回転サルコウを綺麗に決めた後、4回転両手上げタノ付き3回転のコンビネーション、トリプルアクセルを見事に決めきった。王者の風格が会場を支配していた。王者になるためには、ここぞ、というときに決めきれる精神力が不可欠。大抵の選手は、その重圧に負けてしまうのを何度も見てきた。しかし、羽生結弦はそんなやわじゃない。改めて、羽生くんの凄さを見せつけてくれた。会場はスタンディングオベーション。羽生くん!あなたは勝ちに来た! 怒涛の興奮の只中に私たちはいた。ここで前半終了。

後半はプリンスの「Let‘s go crazy」の生バンド演奏から始まった。音楽のライブ会場に足を踏み入れたかのような興奮状態で場内はまた、熱が走る。

現れたのは「Let me entertain you」の衣装に身を包んだ羽生くん。ノリノリの空気で、熱狂を誘う姿は前半と対照的。「みんなをもっともっとドキドキワクワクさせてやる」という、羽生くんの野心が見え隠れ。

スクリーンがゲーム映像のような無機質な世界に切り替わる。場外のダンサーもロボットのよう。「楽しさとその裏側」について語る羽生くん。フラストレーションが垣間見える問いかけに、スクリーンの文字は「GAME OVER」。

赤い衣装で刺激的なダンスを「阿修羅ちゃん」で踊る。ダンスキレキレ。フルスロットル全開だ。このダンスからはカッコいい中にほのかに「毒」を感じさせてくれた。

スクリーンは、「二人の羽生くん」を映し出した。ネガティブな羽生くんと、ポジティブな羽生くん。葛藤する心を綴るナレーションに、心を締め付けられそうになる。「マスカレイド」のピアノ演奏が、羽生くんの悲哀を強調する。

オペラ座の怪人」の衣装。羽生くんは、仮面をつける仕草から、トリプルアクセルのコンビネーションを何度も決める。いつも、思うのだが、羽生くんはジャンプの構えが少ない状態でジャンプを飛ぶ。美しい所作のままで、トップスピードでジャンプを飛ぶから、「ジャンプがプログラムの一部であるかのように」見えるのだ。ジャンプを飛ぶ前の所作ナンバーワンかもしれない。そう思いながら、うっとりと見入ってしまった。

再度始まる羽生くんの独白は羽生くんの夢、そして夢とお別れする羽生くんのパート。乾いた悲しみが会場を覆う。いとおしい夢って、覚めてしまった後に、寂しい気持ちになるよな、と思った。「一人にしないで…」という言葉に、切実な思いが詰まっている気がした。

白い布に包まれた羽生くんの「いつか終わる夢」。夢を探し求めているのか、羽生くん自身が夢なのか。幻想的な雰囲気が会場を纏う。こんなきれいな夢だったら、ずっと覚めないでいたい。

孤独の淵にいる羽生くんの独白。その羽生くんに、星空が、風が、月が、太陽が寄り添っていった。そして、みんながいる。GIFTが羽生くんの目の前に。今までのナレーションで感じてきた場面やプログラムが伏線回収されていく瞬間だった。羽生くんはアクターの才能と詩人の才能も備わっているのだと思った。

「nottestellata」。終始、白鳥のように舞う羽生くん。トリプルアクセルで着氷が乱れるも、こらえる。しかし、転ばない。あんなに、複数のプログラムをこなして、疲れ切っているはずなのに、ミスを最小限にとどめて、世界を壊さない。こんなこと、きっと、羽生くんにしかできない。他の選手だったら、何回も転んでいる。羽生くんの必死でひたむきなハートが、磨かれたハートが、最後まで、暖かくて、氷が解けてしまいそうに感じた。

会場が、星のようにライトアップされ、羽生くんの結びの言葉。

リンクの中央に羽生くんの書いた「Fin」の文字が映し出される。

スクリーンはアイスリンク仙台で滑る羽生くん。「僕のこと」。前向きなエネルギーを放出していた。

アンコールは情感たっぷりな「春よ来い」。そうか、もうじき春が来る。寒いのもあと少しの辛抱だ。羽生くんの春の世界が、もうじき来る明るい未来を予感させるようで、ほっこりした。

しばしの静寂の後にやってくるのは不穏な笛の音。うわ、「SEIMEI」まで生演奏だ。なんて贅沢なのだ。やはり、羽生結弦を語る上では欠かせない代表作の「SEIMEI」。甘いスイーツの後でピリッと刺激がくるミントティーのようだ。それとも、自然な苦みの緑茶かな?

最後のステップで渾身の力を込めて滑る羽生くん。楽しそうに、自信に満ち溢れて。そう、あなたはまさしく「羽生結弦」。唯一無二のフィギュアスケーターだ。

 

羽生くん濃度200%を感じるアイスショーだった。こんなアイスショーは羽生くんにしか、できないと思う。羽生くんの想いや感覚が生々しく、皮膚に入り込んでくるような、くっきりと心に刻まれたような気がする。

私の枯渇していた、感動リミッターが、しっかり充電されていった。今日という一日が、特別な日に変わった。その一日は、これからの日々を頑張っていく力に、確実になった。羽生くん、ありがとう。また、羽生くんに幸せにしてもらえた。

この贅沢なGIFTを私は一生忘れないだろう。