あの時伝えたかった言葉 タクシードライバーの思い出3選

 

 

その日、私は不機嫌だった。会社の飲み会の帰り、タクシーを拾って、家に帰る途中、雑念がぽろぽろと頭を巡らしていたのだ。

そんな時、ふと、タクシーのラジオから、美川憲一の「伊勢佐木町ブルース」が聞こえてきた。タクシーの運転手さんがボリュームを上げる。

「この歌ねえ、僕、好きなんですよ。辛いことがあるたびに、家に帰って、聴いてるの」

ふいにタクシーの運転手さんがそう答える。

私は、何気なく、歌を聴いてみた、なるほど、切なさの中に芯を感じる深い歌声だ。

「魂が震えるような声ですね」と私が答えた。

「そう! そうなんだよ!」彼は振り返り、涙声になってそう、言った。

その時に、「ああ、この運転手さんも、辛いことがいっぱいあったんだな。そして、この歌は、そんな彼を救ってきた歌なんだ」ということが伝わってきた。私の擦り切れた心が和んでいくのを感じた。家に帰るまで、美川憲一がいかに素晴らしい歌手であるかについて、盛り上がる二人。ブルーだった一日が、なんだかそんなに悪くない日だったように思えた瞬間だった。

 

その日、私は体調の不安を感じて、検査のためにタクシーに乗っていた。当時は、相当不安で、重い空気が社内に立ち込める。しばらく車が走った後で、ぽつりと、タクシーの運転手さんがこう言った。「それでもねえ、笑った方がいいよ」と。

一瞬、何を言われたのか、分からずに運転手さんを見詰めると、続けて、彼はこう言った。

「セクハラって言われるかもしれないけどさ、お客さん、せっかく、かわいい顔をしてるんだから、もっと、笑ったら、みんな、何でもしたくなっちゃうよ。特に、男はね」

そんなはずはなかった。だって、その日の私は、相当慌てていて、化粧もせず、着の身着のまま、タクシーに乗っていたのだ。とりたてて美人という訳でもない、身なりも構わない私に、そんな言葉をかけてくれるだなんて… そう思いながら、私の心のどこかは、「かわいい」なんて、百年ぶりに言われたことで、正直、高揚していた。

思わず笑顔になってしまって、タクシーの運転手さんと話が弾んでしまった。タクシーの運転手さんは、大分、女性運がない人だったと見えて、うまくいかない自分の恋愛話をいろいろ話してくれた。「でも、女の子に笑顔で言われると、弱いんだよねえ」って照れながらそう答える運転手さん。なんだか、不安が消えて、楽しく話し込んでしまった。

病院について、タクシーを降りる私に、彼はこう言った。「病気なんて、吹き飛ばしなさいよ」と。幸い検査で異常は見つからなかったが、私は、今でもその時のことをよく覚えている。

 

その日、私たちは、父の臨終の知らせを病院から聞かされて、大急ぎでタクシーに乗った。

「間に合うだろうか…間に合ってくれ…」心はその一点で縛られていた。タクシーに行き先を告げた真夜中。そのタクシーは、人けのない夜の街を猛スピードで走っていた。あんなにスピードを出しているタクシーに乗ったのは、初めてのことだったと思う。

向かっている途中で病院から携帯に連絡が入る。「脈拍が弱くなっています、なるべく、お早めにお越しください」

そう言われたことを家族に伝えると、スピードは更にアップしていった。

「救急入口だね。救急入口につけるよ」と病院が目の前に迫った時に、運転手さんは静かにそう言った。そして、目的地に着く前にライトをつけて金額を教えてくれた。私たちが、スムーズにお会計を済ませられるように。

運転手さんは、これから、何が起こるのかを知っていたのだ。間に合うように、なるべく早く、でも、事故を起こさないように、運転に細やかな気遣いがちりばめられていた。

私たちは、タクシーを降りて、病室に向かう。そして、かろうじて、父の最期に間に合ったのだ。

 

生きていると、タクシーを使うことは、誰しもよくあると思う。不機嫌な時、不安な時、誰かとお別れの時、人生の節目で、その人に何が起きたのか。職業柄、鋭く感じ取って、配慮を見せてくれるタクシーの運転手さんは、本当にプロフェッショナルだと思う。

あの時、私は「ありがとう」という言葉をうまく、伝えられただろうか。

今日も、どこかの街で、誰かが、気配りのタクシードライバーに救われているのかもしれない。