明日に向かって飛べ! 北京オリンピックフィギュアスケート 男子シングルSP観戦記

 

 

熱狂がピークに達した団体戦から一夜明け、早くもオリンピックフィギュアスケート個人戦へと突入しました。とても、残念な知らせが入ったのは、本日深夜。アメリカのヴィンセント・ジョウ選手がコロナ陽性となり、再検査の結果も陽性の為、個人戦棄権となりました。彼の頑張りをずっと応援してきた私は、本人の気持ちを考えると言葉を失ってしまうほど、ショックを受けました。時々、運命はあまりにも残酷です。しかし、ヴィンセントは、自身のインスタで「もっと、強くなれる!」と、3月に行われる世界選手権に向けて、強い意欲を表明してくれました。いろいろあっても、同じところにとどまってはいられない。そう、前を向くしかないのです。個人戦前に、ふさぎ込んでいた私は、ヴィンスの分まで、しっかり応援して、試合を見届けようと決意を新たにしました。

 

波乱があったのは、第4グループ。過去に五輪二連覇の実績をもつ、本大会大本命の羽生結弦選手のSPでした。冒頭の4回転サルコウジャンプが、一回転になってしまったのです。

一体、何が起こったのか、私にも分かりませんでした。羽生くんにとって、4回転サルコウは、3回転かと思うほど軽く、余裕のあるジャンプのはず。いつも、絶対失敗しないほどの鉄板ジャンプが、そのようなミスになるなんて、何か、おかしい、と感じました。リンクに穴があり、そこにはまったとのこと。そんなアクシデントがあるなんて、想像していなかったので、青天の霹靂とはこのこと。しかし、その後の羽生くんは、落ち着いていました。4回転トゥル―プと3回転トゥル―プのコンビネーションを流れのあるクリーンな着氷で決めると、トリプルアクセルも鮮やかに、極上の舞を見せて、あっという間に演技が終わってしまいました。私が特に印象に残ったのは、コンビネーションジャンプ着氷後に入れた、片足ステップと、アクセルジャンプ着氷後の見事なツイズルです。こんなに難しいジャンプの後に、ここまで凝ったつなぎを入れられるのは、羽生くんしかいないのではないかと思うくらい綺麗でした。そして、更に心に触れたのは、ピアノの強い音に合わせた手の動き。強い音の時に必ず、足が動いている状態で、手を真っすぐ上げたり、ウェーヴを描いたり、アクセントのある動きが入るのです。音楽をよく聴きこんでいる選手にしかできない所作。たとえ、ミスがあっても、こういった細部まで気を配ったプログラムを行っていれば、点数は90点台に行くだろうと思いました。

SPの点数は95.15。僅差の8位。羽生くんのフリープログラムには、4回転アクセルだけではなく、トリプルアクセルトリプルループの、高得点が狙える大技が組み込まれています。

点差の少ない戦いの中、羽生くんは、かならずや、ごぼう抜きの演技を見せてくれるはず。信じて、その時を待ちたいと思います。

 

SP3位に入ったのは、日本の宇野昌磨選手。SP、団体戦から調子が良かったのですが、冒頭のクワドフリップが軽々と決まると、そこからは、波に乗っていきました。ステップシークエンスは、上半身の大きな動きと、下半身の滑らかなスケーティングの調和がとれていて、音楽表現の巧みさを感じました。気が付けば、彼も24歳。大人の男性の雰囲気が演技から漂うにようになってきました。演技をみていて、「彼は弦楽器が良く似合うなあ」と感じました。弦楽器の奏でる独特な重みと悲しさ。そういった音にかれの少し溜めのある動きはとてもマッチしていると思うのです。自分に似合うプログラムを披露できるというのは強みですよね。氷をグッと捉えて離さない、深いエッジワークも、点数には反映されていたような気がします。

 

2位もこれまた日本人! 若手ホープの鍵山優真選手はジャズナンバーを引っ提げて、北京の舞台に降り立ちました。ジャズナンバーは少し、大人っぽいかなと、シーズン前半は思っていたのですが、後半には、若い彼なりのテイストでものしてきた感があります。

ジャンプは流れに乗って高さと飛距離のあるジャンプを随所にバシバシきめ、降りた後の流れも素晴らしい。演技全体を見たときに、おそらく、彼が一番五輪を楽しんでいるのだろうな、と感じさせるくらい、楽しそうに、生き生きと演技をしていたのが印象的でしたね。途中、演目「君ほほ笑めば」の歌詞を歌っている?という場面があって、とにかく、最初から、最後まで笑顔でした。はつらつと演技している優真くんをみていると、思わずこちらも笑顔になってしまう。そんな18歳らしいあどけなさと、すきのないジャンプを大事なところで決めきれる骨太のマインドは、やっぱり特別な輝きがあります。これからが楽しみでカリスマが感じられるSPでした。

 

SP1位はアメリカのネイサン・チェン選手。団体戦でも、パーフェクトな世界を表現してインパクトを与えた演目「ラ・ボエーム」冒頭のクワドフリップも、アクセルジャンプも、クワドルッツ・トリプルトゥル―プのコンビネーションジャンプも、全く、失敗する気がしないほど安定していました。しかし、ジャンプだけではなくて、このプログラムからほとばしるのは激しく漲る暗い情念。ネイサンがそういった情念をちらつかせたのは、4年前の平昌オリンピックシーズンに見せた「ネメシス」というプログラムでした。自分でも気が付いているのかもしれませんが、彼にはどこか、重みのある情熱というか、ダークな哀愁のようなものが感じられる瞬間があります。このオリンピックではそういった彼の持ち味に更に油が注がれて、情熱をほとばしらせたプログラムになっていたような気がします。私のネイサンのプログラム、お気に入り1位は「ネメシス」でしたが、今回の「ラ・ボエーム」、1位を更新してしまったかもしれません。

 

ヒートアップした男子シングルSP。戦いはそのまま10日のフリーへと持ち越されます。

コロナの影響で試合に出られるか分からなかった選手、試合に出ることさえ叶わなかった選手。様々な悲しさが通り過ぎ、試合が開催されました。フリーへと進む選手たち、どうか悔いのないように、思いを燃やし尽くしてほしい。明日に向かって、飛び立つ選手たちをどうか、スケートの神様、お守りください。