ポーカーフェイスに演じるスケーター。ミハイル・コリヤダ選手のこと

 

 

それは2018年2月、平昌オリンピックのことだった。楽屋裏のスペースでスタッフとトレーニングをしている羽生結弦選手。そのトレーニングを後ろからがっつりガン見していたロシア人スケーターがいた。そう、その名はミハイル・コリヤダ選手。

羽生選手と同い年の今年26歳。どちらかというと、彼は寡黙で、あまり感情を表に表さない選手だった。それでも、平昌オリンピック中、気が付くと、羽生選手のトレーニング中、ランニングマシンの使用中、コリヤダ選手はこっそりと羽生選手の隣にいて、静かに彼を観察しているようだった。「ん?この人、勉強熱心。羽生くんのことを尊敬しているのだな」そう思った私は、そのころから、物静かで内気で、でもスケートに強い意欲を見せるコリヤダくんのことが気になり始めていた。

 

彼のジャンプはとても美しい。踏切も正確で、お手本のようなジャンプを飛ぶ。加えてスケーティングもエッジが深く、これもまた、優等生のような滑り。けれども、コリヤダくんの武器は決して技術だけではなかった

 

2017-2018シーズンでは「ピアノ協奏曲」にのって繊細な曲調を無駄のない動きでしっとりと演じ、優雅なムーブメントを見せていた。

2018-2019シーズンのFP「カルメン」でも、攻撃的な曲調をどこか品のある滑りで魅せて、音に動きがはまっていた。

スケートに合わせたムーブメントに独特の芸術性とセンスを感じさせてくれるスケーター。

2018年の世界選手権では念願のメダルにも輝いた。

 

随所に素敵な要素がちりばめられているスケーターだが、コリヤダくんはいつも、寡黙でポーカーフェイスなイメージが私の中にあった。「きっと、シャイなのかな、あまり自分をアピールするタイプではないのかもしれない」そう思っていた矢先、彼は日本のアイスショー

The ICEに出演する。

 

アイスショーで披露した「チャップリンメドレー」。それまでの彼のイメージとは異なり、コミカルな動きが満載。表情も随所にこぼれる笑顔がとても華やかだった。演技が進むごとにお客さんから喜びの歓声がもれる。抑えた表現の中に、彼のチャーミングさや、ロマンティックさが伝わる素晴らしいナンバーだった。

このアイスショー、ボンジョヴィのグループナンバーもあったのだが、そちらもノリノリで滑るコリヤダくんが見られる。「なんか、今までのイメージと違う。コリヤダくんがニコニコしてる。アイスショー、楽しんでいるのかな?」それまで、クールに試合に臨んでいたイメージのある選手だったけど、同年代のスケーターとコラボしたり、満員のお客さんの歓声の中で滑るアイスショーだったからなのか、コリヤダくんは、表現することをこれまで以上に楽しんでいるように見えた。終わった後に、スケーターと気軽に話しているところを見ると、とてもノリが良く。フレンドリー。少し、人見知りだけど、打ち解けると気さくで気遣いのできる好青年な彼を見られて、とても嬉しかった。

丁度このころ、彼は結婚して、新しい生活をスタートさせた。ショーで魅せた華やかな表情はプライベートが充実していたことも関係があったのかな~なんて今考えると思ってしまう。

 

今シーズンのコリヤダくんのプログラムは、彼の魅力が満載なプログラムに仕上がっている。SPは「くるみ割り人形」冒頭、人形のマイムから始まる動作で一気に夢の世界に誘われる。設定が人形であり、魂が宿り、王子となって、また人形へと戻っていく。このシナリオは、コリヤダくんのポーカーフェイスな表現力がとても活きるプログラムだ。抑えた中に、にじみ出る情感。気持ちよく、するすると滑るスケーティングだからこそ、マイムが流れを邪魔しない。始めから、終わりまで一つの作品。コリヤダくんにしか表現できない物語だ。

 

FPはシンドラーのリスト。こちらもとても味わい深いプログラムだ。終始、彼は淡々と滑りを進めていく。それでも、途切れることのない足さばき、肩や指先の繊細な動きからは、独特の悲哀と何かを追い求めているような必死さを感じる。ジャンプが、音の盛り上がりに合わせて飛ぶ箇所が随所に見えるから、とても難易度の高いプログラムなのだろうなと思う。今、この時代に「シンドラーのリスト」で思いを込めて滑っているコリヤダくんを見ていると、心にぐっと沸き上がる感動がある。

 

両方とも、シーズンが進んで、大きな試合で完成形が見られたら、本当に幸せだ。

コリヤダくんは、いつも、ポーカーフェイス。けれども、滑りの中で、人に幸せを届けられる稀有なスケーターだ。

 

また、コロナが一段落したら、日本のショーに来てほしい。独特の華のある演技と、はにかんだ笑顔が見られる日を、今から心待ちにしている。