Johnnyは籠の中になんていない 氷上に美を追い求めたスケータ― ジョニー・ウィアーのこと

 

 

 

長年、フィギュアスケートを応援していた私にとって、アメリカのフィギュアスケーターと言えば、軽快なリズムの中で、小気味よくスケーティングを披露する選手が多かった。

そう、あのスケーターが現れるまでは。

彼の名は、ジョニ・ウィアー。中性的な見た目と、繊細なスケーティングに定評のあったフィギュアスケーターだ。私が彼のスケートに注目し始めたのは、2006年トリノオリンピックの前シーズン、NHK杯の試合からだったと思う。

FPの演目、「秋に寄せて」。 抒情的で悲し気な音楽表現の中に、重心の低いスピンや、勢いのあるトリプルアクセル、確かな技術を溶け込ませた4分半。どこか、ロシア人の音楽表現のよう。そう思った彼の優雅さに惹きこまれるのに、時間はかからなかった。

氷上の彼は、どこか、悲しげで、儚げ。まるで、氷上で詩を紡ぐようなスケーティングには拍手喝さいが待っていた。

翌年のオリンピックシーズン、SPで演じた「瀕死の白鳥」は彼の陽炎のような美しさに更に磨きをかけたプログラムだった。最初から最後まで、瀕死の白鳥を演じ続けるジョニー。赤いくちばしを思わせる片方の赤い手袋。途中のパンケーキスピンでは、赤い手袋の手の表情で、白鳥の動きを演出する細やかさ。男性が白鳥を演じるという、画期的なプログラム。ジョニーは、今の男性が当たり前にアプローチする繊細で中性的な表現を、最初に打ち出した人物といっても過言ではなかった。

しかし、氷上の優雅な彼とは、打って変わって、インタビューの彼は、ここでも、他のスケーターとは、一線を画す姿を見せつけていた。ちょっときわどい問題発言や、ジャッジ批判。思わず目を見張るほど、彼の自己主張の激しいところは、しばしば物議を醸しだすこととなる。あまりのジョニーの問題発言に、スケート連盟が会見を開く一幕もあったほどだ。

 

いつしか、ジョニーは、まわりの先輩スケーターや関係者から、度々忠告を受けることになる。

「なんだって、あんなことを言うんだ、ジョニー」「もう少し、お行儀よくできないの?」

「大人しくしてるんだ、ジョニー、もっと、聞き分け良く」

どんな時も、はっきりと自分の意見を述べるジョニーは、いい意味でも、悪い意味でも、注目を集めた。

トリノオリンピック、SP2位につけたジョニーは、FPでバスの遅れ等があり、動揺したのか、順位を落とし、総合5位に。それでも、エキシビションで演じた「My Way」は、柔らかい表情で、フランクシナトラの力強いボーカルを纏い、情熱的なジョニーの一面を観衆に印象付けた。

ジョニーは問題発言から、様々なバッシングを受けながら、常に新しいことにチャレンジし続けていた。

氷上で、イエス・キリストになり切ったり、ファッションモデルに挑戦したり。

異端児扱いされ続けながらも、彼はジャンプの練習にも邁進し続けた。特に、彼のトリプルアクセルは、オリンピック金メダリストのヴィクトール・ペトレンコをジャンプコーチに迎え、踏切りをきちんと踏み切ることに重点を置いて、こだわりぬいた練習をしていた。

ラインストーンやベルベットを思わせるジョニーの演技。そんなジョニーは、ジャンプやスピンも、手を抜くことなく、基本に忠実。本番で、ジャンプを失敗した後に、当時めずらしい4回転ジャンプに挑戦するなど、アスリートとしても、諦めないマインドを持ち続けていたのだ。

彼は、現役時代も、現役を退いた後も、相変わらず、問題発言、問題行動などで、周りをざわつかせていた、そのたびに人々はジョニーに言うのだ。「もっと大人しく」「いい子にしてるんだ、ジョニー」。それは、まるで、籠の中にジョニーを押し込めようとしているようにも見えて、不自由そうだな、と私は思ったりした。

 

引退して数年たった時、ジョニーの魅力を素直に素敵だとコメントした選手がいる。二度のオリンピックで金メダルに輝いた、羽生結弦選手だ。羽生選手は、あこがれのスケーターにエフゲニー・プルシェンコさんとジョニーの名前を、幼い頃から挙げていた。

四面楚歌のジョニーにとって、美しい表現は美しいと、堂々とコメントしてくれたのは、後にも、先にも、羽生選手が初めてだったように思う。ちょうど、そのあたりから、ジョニーの日本の人気は、徐々に上がり始め、日本のアイスショーに、何度もお声がかかるようになる。その人気にアメリカでも、逆輸入のような形で、ジョニーの人気に火が付き始めた。

 

彼は、いつの間にか、お騒がせキャラを周りに認められるようになっていった。オリンピック金メダリストのタラ・リピンスキーとコンビを組んで、「タラ&ジョニー」で、フィギュア中継の仕事も舞い込むようになってきた。

最近では、社交ダンスの番組に挑戦。柔らかい動きが持ち味だった彼は、ばねのある動きやリズム感も磨きをかけて、更にアイスショーで、新境地を開拓した。昔の優雅なジョニーから姿を変えても、お客さんを楽しませる新たな美を手に入れたジョニーは、最近のファンタジーオンアイスでも輝いていた。

 

もう誰も、ジョニーに「大人しくしなさい」なんて言わない。ジョニーはありのままのジョニーで、多くの人に愛されるスケーターになったのだ。籠の中で、大人しくしていなくても、ジョニーの活躍の扉は、沢山開かれつつあるのだ。

 

2023年にプロスケートも引退するジョニー・ウィアー。新たな扉を開いても、ジョニーらしく、大暴れしてほしい、そんな気持ちを、ファンのみんなは抱き続けている。