森に「California」を連れて行った話

 

 

東北地方が梅雨入りしたらしい。今年の6月はいつもより、雨が少なく、庭の草木も、道すがら眺める田畑も、少し乾いた様子を見せていた。私の住む地域の梅雨は長い。そして、寒い。いつも、他の住む地域より少し長めに続く、うつうつとした日々を、どうやりすごしたらいいのか、毎年のテーマだ。

 

梅雨入りする少し前、たまには、野山をドライブしようと、郊外へ車を走らせた。住宅地から、ほんの少しで、建物が消えて、民家が消えて、緑の深い山道へと車は入っていく。

この時期の緑はあっという間に濃くなってしまう。緑が触れそうなくらいに近くなり、森への扉があちこちに開いているような光景がひろがっていくと、森の中から、生き物以外の存在を感じるような気が毎回する。

私の住む地域は、山深い場所が身近な場所だ。都市化が進み、あちこちの自然が壊されていってはいるが、今でも、車を少し走らせると、広大な山の景色が私たちを待っている。

まだ小さい頃、舗装されていない土の道を歩いて、市民プールに向かうときも、夜の散歩道で、一面の田んぼから、蛙の合唱が聞こえ、蛍がいたるところを飛び交っているのを見たときも、同じように「不思議な生命体の存在」を感じてきた。そういった不思議な力に、いつも見張られているような、守られているような、独特の感覚をもってこの地に住んでいる。

車の中で、「何か音楽をかけてよ」と運転席の家族が言った。

なんとなく、おもいつきで、スマホから流れてきたのは、88risingの「California」だった。

youtu.be

 

 

私のお気に入りのアーティストが所属するレーベル。Rich Brian、Niki、Warren Hue、いずれもインドネシア出身のアーティストのコラボ曲だ。

曲のテーマは、栄光と挫折。富を手にし、名声に輝きながら、どこか、切ない、不安な日々を抱えていることを思わせる。感傷的なメロディーをバックに、緑深い野山は青空に溶けていく。「Californiaは、南国だよね。南の地域のナンバーをかけながら、東北の夏をドライブしてるって、なんだか不思議」そう思いながら、3人の美しい歌声がかかる緑の道は、普段のドライブを特別ドラマティックな光景にしてくれた。いつのまにか、不思議な生命体の気配は、薄れ、空から、晴れ間の光が差し込んで、再び、田畑が見え、民家が見え、住み慣れた景色まで戻って来た時、「夏が始まるんだな」と、すこしだけワクワクした。

それは、梅雨入りする少し前のこと。私たちが夏を感じられる時間は、いつも思ったよりは少ない。ほんの一瞬の夏の気配を、音楽を聴きながら、味わえる瞬間を、すごく大事にしたい。そう思えた。

梅雨が明けたら、また、ドライブをしに森へ出かけたい。不思議な力と、一瞬の「夏」を慈しむために。音楽と緑と、日差しを浴びるために。