希望そして自由 世界フィギュア2022 思い出話1

 

 

時は春。ようやく暖かくなってきて、春になれば、花と共に、希望の季節が始まる。そう思っていました。オリンピックまでは。

昨今の世界情勢はあまりに厳しく、加えて、東北を中心に大きな地震が日本を襲いました。

春とは思えない寒い日々の中で、何が真実なのか、見極めるのも難しく、希望はなかなか、見えずにいました。

 

そんな中、フランスで世界フィギュア2022が始まりました。ロシア選手と中国選手が不参加の物々しい状況の中、恐る恐る演技を見てみると、そこには、オリンピックの時より、はるかにレベルアップした選手たちの珠玉のパフォーマンスの数々がありました。

 

まずは、SPから、振り返っていきたいと思います。

 

日本の新人、河辺愛菜選手。真っ白のコスチュームに身を包み、トリプルアクセルを回避したものの、コンビネーションジャンプや、スピン等、オリンピックより硬さの取れた、伸びやかさを披露してくれました。ビバルディの冬に合わせて削った氷を宙に蒔くフィニッシュ。明るい風を最後に感じさせるようなみずみずしい演技でした。点数は、まだ、知名度がないためか、少し抑えられ気味。しかし、ミスが許されないSPの重圧の中で、自分のやるべきことはしっかり出せていたと思います。

 

トリプルアクセルが代名詞、日本の樋口新葉選手。どこか、怪我をしているとの情報も入ってきていました。こういった不調に関しては、ご本人があまりおっしゃったりしないので、辛さが伝わりにくいですね。そんな中、最後まで力強さを保ち、感情を込めたバラードのナンバーを情感たっぷりに演じ切っていたと思います。少々辛口採点ではありましたが、会場のお客さんは彼女の「愛」をしっかり受け取っていたのでしょう。歓声がすごかったです。

 

アメリカのホープ、アリッサ・リウ選手。直前、同じアメリカのカレン・チェン選手が、ジャンプでパンクするなど、痛恨のミス。枠取りがかかったこの試合、重圧が彼女にものしかかっていたのでしょう。冒頭のトリプルアクセルを回避。しかし、最初から最後まで、スピード感がすごくて、流れが途切れないスケーティングでした。若さとエネルギーを感じさせる、勢いのあるムーブメントは、とても好印象。演技が終わった後に涙していたのをみると、緊張していたのでしょうね。最後まで、気持ちを保ち続けた姿はとても立派でした。

 

アメリカのマライア・ベル選手。とてもきれいな旋律の音楽にのって、ジャンプもしっかり飛んでいきました。彼女の肩の動かし方、エッジの運び方には、曲とマッチした、独特のエモーショナルな感動が溢れています。大人の女性の憂いを存分に魅せてくれました。

 

ベルギーのルナ・ヘンドリクス選手は、お兄さんもフィギュアスケーターとして、活躍されていましたね。彼女のディープエッジなスケーティングは、フィンランドキーラ・コルピを思わせるものがありました。ジャンプまでのスピードと、降りた後の流れもきれいで、そういった確かな技術の中に、大人の女性の優雅さや貫録をうまく演じていたと思います。SP2位で折り返し。足にテーピングを巻いた痛々しい姿からは想像もできないほど、メリハリの利いた、素晴らしい演技でした。

 

そして、SP1位に立ったのは、我らが坂本花織選手。正直、現地入りして、調子を崩していたとの報道があり、心配していたのですが、本番、全然余裕でしたね。ジャンプの前後のつなぎが濃いダブルアクセル。リンクの壁の文字を目で追えば分かるのですが、すごいスピードでぐいぐい進むスケーティング。音楽との調和がとれて、優雅さを魅せるレベル4のステップシークエンス。どれをとっても質の高い至高の演技。余裕と貫録に満ちたグラディエーターでした。

 

続いて男子SP。

 

若さ爆発の良演技を披露したのは、アメリカのイリア・マリニン選手。冒頭、持ち味のクワドルッツトリプルトゥル―プを決めると、あとは、「Billie Jean」のクールなサウンドに乗って、勢いのあるスケーティングを余すところなく伝えてくれました。まだ、ジュニアの年齢なので、PCSは、少し抑えめでしたが、10代のうちにここまでの高得点を打ち出せる彼は、これから、必ずやメダル争いの常連になることでしょう。

 

雪辱を果たすためにこのフランスの地に降りた選手がいます。その名は、アメリカのヴィンセント・ジョウ選手。オリンピックでは、まさかのコロナ感染による棄権。メンタルが非常に心配されていたのですが、終始、落ち着いていました。Josh Grobanによる「Vincent」は、とても、エモーショナルなプログラムです。彼の人生の歴史が込められていると言っていいこのプログラム。高難度ジャンプがちりばめられていても、失敗する気配が、最初から最後までありませんでした。リンクの白いキャンパスに、ヴィンスの色がどんどん塗られていくような、そんな鮮やかなSPでした。得点は回転不足を取られましたが、このショートプログラム、以前はミスが響き、フリーに進めなかった、いわくつきの作品でもありました。

今回、FP最終グループをこのプログラムで果たせたことで、ひとつ、何かを越えられているのではないかと思います。頑張ってほしいですね。

 

SP3位に躍り出たのは、「浪速のエンターテイナー」から「世界のストーリーテラー」へと階段を上り続けている日本の友野一希選手。友野選手にとっても、世界フィギュア進出までの道のりは本当にドラマティックでした。彼は、本来第二補欠だったのです。シーズンの締めくくり試合として選んでいた欧州のクープ・ド・プランタン。その移動中の飛行機で、第一補欠だった三浦佳生選手けがにより、繰り上りで、自身が世界フィギュアに進出することを知らされたとのこと。なかなか、心身を調整することが難しそうなシチュエーションでしたが、友野選手はまっすぐその報告を受け止めて、世界フィギュア入りしました。

冒頭の4回転3回転や単独の4回転を決めると、友野選手の持ち味である、甘さと柔らかさ、自由に音と戯れるイメージが、リンクに広がっていきました。恐らく、自身の史上最高のパフォーマンスができていたのではないかと思います。メダル争いに必要な100点台に初めて乗せることが出来て、FPの弾みになる演技になりました。FPも、友野選手のこれまでを信じて、自由を感じて滑ってほしいと思います。

 

SP2位、鍵山優真選手。かなり、レベルの高い状況で演技を迎えた彼。緊張しない訳がありません。いろいろな声がネットを行き交った試合前、様々な意味で戦いにくい状況であったと思います。ただ、そんなこと、彼はとくに気に留めていなかったみたい。冒頭の4回転3回転も、次の4回転も、スピードに乗ったディープエッジで軽々と決めてしまいます。シーズンの冒頭よりも、様々なつなぎが増えていることを感じました。3Aは少し、ひやひやしましたが、スピードと深いエッジワークで、なめらかなステップシークエンスを見たとき、「レベル4とったな」と確信しました。この若さで、あんなに、いろいろな声があったのに、ここまでプレッシャーの中で決められるって、すごく強いメンタルですよね。貫録すら感じられました。FPは一段階上の四回転ループに挑むことも明言。この際だから、一個でも上を目指して、おもいっきりやってほしいと思います。

 

SP1は宇野昌磨選手。冒頭の4Fがきまってから、最後までミスのない演技を披露していました。オリンピック後で、こちらも疲れていたと思いますが、調整がうまくいっていたことを感じさせてくれました。FPのボレロはかなり、エネルギーを使う構成になっていますが、ミスなく、完璧な演技目指して、頑張ってほしいと思います。

 

 

と、ここまで、書ききれないので、一旦ここまでの思い出話になります。ともすれば、暗くなりそうな春の瞬間、オリンピックの疲れを感じさせない密度の濃い戦いは私に希望を感じさせてくれました。こんなときにでも、楽しかったと思わせてくれる選手たちには、ただただ、頭が下がります。

試合の楽しみ方は基本的に自由。特に決まり事などなく、それぞれの好きなスタンスで応援出来ればいいと思います。けれども、試合を実際に見ることがなければ、称賛も批判も基本的にできない、と私は思います。自分の目で、耳で受け止めて感じたことが全て。そこだけが、私の中にあるルールです。

 

FPへ向かう選手たち、どうか、一人ひとりが、プレッシャーをはねのけて、SP同様、自由にのびのびとした演技を見せてくれることを、期待しています。