思いやりのFix you ~三浦璃来・木原龍一ペアについて~

ショートプログラムの演技が終わった瞬間、彼女は彼に向かって、「明日も頑張ろうね!」と言いました。とても優しく、言われた方がほっとするような言葉を、彼女は、年上のパートナーに自然に語りかけたのです。

 今日、ご紹介するのは、フィギュアスケート ペア競技日本代表の、三浦璃来・木原龍一ペアです。この二人、まだペアを組んで一年とちょっとですが、二人がペアを組むようになるまでには、様々な道のりがありました。

 木原龍一くんは、もともと、男子シングルのスケーターでした。男子シングルとしては、大柄な方だった木原くん。シングル時代は、トリプルルッツ等、高難度のジャンプを軽々と決めてしまうジャンプの安定感、一歩一歩がよく伸びるスケーティング、たくましさの中に感じられる優雅さが特徴的なスケーターでした。その木原くんが、当時世界選手権銅メダリストだった、高橋成美選手とペアを組んだのは、2012-2013シーズンのこと。シングルスケーターが、ペアスケーターに転向することは、アメリカなどでは、割とよくあることでしたが、大抵は、ジュニア時代等、若い時期が多く、シニア時代から、ペアへの転向は、大きなチャレンジだったと思います。シングル時代にはない、リフトやスロージャンプ等、一つ一つの技術の習得に加え、お互いの呼吸を合わせての練習、体づくりのための食事、土台から、家を作るような地道な道のりは、一試合、一試合ごとの木原くんの演技を見ていて、いかに大変だったかが感じられ、応援に熱が入りました。木原くんのすごいところは、自身の持ち味である伸びやかさを失うことなく、パートナーの魅力に寄り添おうとするところだと思います。2013―2014シーズンのショートプログラム、「サムソンとデリラ」を滑った時、「二人の呼吸が合ってきている」と感じ、わくわくしました。踊り心のある高橋選手のスケーティングを生かしながら、持ち味の伸びやかなスケーティングを披露してくれた木原くん。お互いに寄り添いあう姿がプログラムを一つの物語に感じさせてくれる。とても速い速度で、ペアスケーターとして、成長していく木原くんに感動しました。

 その後、高橋選手とペアを解消し、須崎美羽選手とペア競技を継続していく中でも、木原くんは独特の表現力を発揮していきます。2017―2018シーズン。オリンピックの舞台で披露した「ユーリon Ice」。二人は快活に楽しそうに最後まで演じ切りました。更に高く遠くに距離を伸ばしたスローイング、更に難しい組み合わせで行うリフト。随所にペアとして進化し続ける、日本のペアスケーターの姿を、とても誇らしく思っていたのをよく覚えています。

 須崎選手とのペア解消後、木原くんと新たなペアを結成したパートナーは、三浦璃来選手。もともとは別のパートナー市橋翔哉選手と「りくしょー」の愛称で親しまれていたペアスケーターです。まだ若い彼女の持ち味は、とても勇敢なところ。リフトなど、危険が伴う技の時でも、相手を信頼しているのが伝わってきますし、臆することなく技に挑む姿はアグレッシブで、すがすがしいスケーターです。二人のデビュー戦を見たときは、こんな風に思いました。

 「まるで、何年間も、一緒に滑ってきているみたいな一体感。まだペアを組んでから、まだ日が浅いはずなのに、なぜだろう」

難しい入りと出のリフト。重さを感じさせないデススパイラル。ペアを組んで、すぐの演技なのに、二人は、難しいことを難しいと感じさせずに、簡単に自然に行っているかのように滑りぬけていく。あっという間に演技が終わる。何よりも、二人の作り出す空気は、とても健康的で温かいものを感じさせてくれました。演技が終わっても、心が温かくなるような感動が、リンクにずっと残りました。

 そして、フリープログラムは、Cold Playの「Fix You」。これまで、パートナー解消など、大変な道のりを経て、出会った二人が、お互い寄り添いあいながら作り出す絆。歌詞も相まって、二人にしか作り出せない世界だったと思います。このプログラム、しっとりとしたバラードなのに、二人ともすごいスピードなので、曲の盛り上がりが映えて、ドラマティックでした。

 いつでも、璃来ちゃんは、木原くんの目をまっすぐ見つめて、励ましあっている、そういう二人を見ていると、あきらめないで、続けてきたことが、花開く瞬間を見せてもらえるのは、本当にうれしいことだな、と思います。

 コロナ禍の中、世界選手権はスウェーデンで行われます。選手と関係者全員の健康が一番大事ですが、私は、様々な困難をくぐり抜けて、頑張ってきた二人の演技を、世界選手権で見ることができますように。二人の努力が報われますように。と、静かな祈りを捧げています。最大限の努力の果てに、暖かい感動を届けてくれた、二人に、また氷上で会いたいです。